BL◆父の肖像
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− 02 −
「おかえり」
 玄関に入るとすぐ、奥の方から声がかかった。
 拓見の父、昭義(あきよし)は、フリーのイラストレーターという職業がら、日中も家にいることが多い。それほど有名ではなかったが、カットなどの小物を描くのが得意で、定期的な仕事をいくつも抱えているため生活は安定していた。
「拓見、ちょっと……」
 呼びとめられて仕事場に入る。
「窓際に立って。ガラスにこう手をかけて……そうそう、そのまま外を見てて」
 父のモデルになるのは幼いころからの習慣だった。拓見は言われたとおりにポーズをとると、夕焼けに染まった空に目をやった。
 鉛筆が紙の上を走る音に混じって、ときおり椅子のきしむ音や衣擦れの音か聞こえる。横顔に父の視線を痛いほど感じながら、拓見はふと思いついたというように言った。
「ねえ、今日の夕ご飯、何?」
「う……ん……ハンバーグ……」
 スケッチに集中している昭義は、うわの空で答える。
「野菜は?」
「キャベツ」
「それだけ? 野菜はたくさん食べないといけないんだよ。ねえ、僕が作ろうか?」
「そうか……じゃあ、頼もうかな……」
 たぶんどこにでもあるような父子家庭の会話。拓見は振りかえり、ここ数か月でやつれた父の顔を感慨深く見つめた。
 鼻すじの通った鋭利な顔立ち。しじゅう物思いにふけっているようなその目は、ときおり意志の強さを見せて厳しい光を宿す。学生結婚だったという彼は、まだ三十五歳、とても中学生の息子を持つ父親には見えなかった。
「おい、動くな」
 叱咤の声が飛び、拓見は慌てて元の姿勢に戻った。沈む直前の陽の光が、狙いすましたようにその目を射貫いた。
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まろやか連載小説 1.41