BL◆父の肖像
2 − 02 − * * * 「市村先生」 美術の時間のあと、拓見は一人美術室に残って市村に声をかけた。 「なんだい? ……ああ、成島くん」 母と同じ顔でにっこり微笑まれて、拓見はたじろぎ、どう続けていいかわからなくなって目を伏せた。 「体のほうはもう大丈夫? 何日か休んだんだって?」 拓見の困惑をよそに、市村は教壇の上からいつものように屈託なく話しかけてくる。 「はい……ええと、あのときはどうもありがとうございました」 とりあえず礼は言ったものの、肝心の話を切り出すきっかけが見つからない。 「あの――」 口ごもる拓見に、市村はようやくいぶかしげな視線を向けた。 「……何?」 「あの――」 拓見はもう一度ためらい、それから意を決して一息に言った。 「先生は、父と知り合いだったんですね」 市村は、何も聞こえなかったようにじっと拓見を見つめていた。一見穏やかに見えるその目からは、なんの感情も読みとることができない。 沈黙に耐えきれず拓見がもじもじしはじめたころになって、ようやく彼は口を開いた。 「……お父さんに聞いたの?」 拓見がうなずくと、重ねて、 「それで、なんて?」 「喧嘩して、お互い嫌いになったって……」 「うん」 市村は奇妙なほどゆっくりとしゃべった。 「まあ……そんなところだ」 少し大胆になって、拓見はさらに問いかけた。 「どうして喧嘩したんですか? 仲、よかったんでしょう? それなのにどうして――」 「成島くん」 市村は静かに、だが有無を言わせない口調で遮った。 「それは君のお父さんと僕との問題だ。無関係な人には話したくない。……わかるね?」 これ以上話すつもりはないという、明らかな意思表示だった。拓見が口をつぐむと、市村はこんどは一転してやさしい口調になった。 「僕は、君自身に対しては悪い感情は持っていないよ。僕は美術の先生で、君は生徒の一人だ。もしそういうことを心配しているのなら――」 「どうして、先生は母とそっくりなんですか?」 拓見はもう一つの質問をぶつけた。 市村の表情は変わらなかった。 「お母さん?」 市村はうっすらと笑みを浮かべた。 「君のお母さんは、僕と似ているの? ……ああ、君はお母さん似なんだ」 それから小首をかしげて、 「……偶然だろう?」 拓見は黙って市村を見つめた。眉一つ動かさないその顔からは、やはり何も読みとることはできない。 なおもぐずぐずしている拓見に、市村は打ち切りを宣言するように言った。 「ほら、そろそろ行かないと、つぎの授業が始まる」 拓見はためらったが、結局それ以上何も言わずに部屋を出た。 |