BL◆父の肖像
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− 04 −
 市村満が母方の親戚――。
 午後の授業を受けながら、拓見は雅俊の指摘を頭の中で反芻していた。
 その可能性を、一度も考えてみなかったといえば嘘になる。むしろ拓見は、それに触れることをあえて避けていたのだ。
 これ以上かきみだされたくない、というのが本音だった。
 突然の母の死。父から受けた暴行と、続けられる肉体関係……。その生活にようやく慣れてきたところへ、こんどは市村が侵入してきた。母に生き写しの容貌と、父の元友人という不穏な要素をぶらさげて――。
 結局拓見は、また部活をサボった。
 父の顔が見たかった。市村と母の関係について問いつめようというつもりはなかった。ただ急に、どうしようもなく父に会いたくなったのだ。会えば、この乱れた気持ちをどうにかしてもらえるような気がした。
 バスを降り、息を切らして自宅へ急ぐ。
 だがその足は、家の屋根が見えたあたりで突然速度を落とし、門の前まで来て完全にとまった。
 塀に寄せて、一台の車が停められていた。見たことのない――と思いかけて、つい先日見たと思いなおす。
 腋の下を汗が流れた。
 無意識に息を詰め、音を立てないようにそろそろとドアを開いた。すぐに目に入ったのは、きちんとそろえられた、見慣れない男物の靴。その横に靴を脱ぎすて、そっと上がりこむと、奥の方からぼそぼそと話し声が聞こえた。
 目をやると、昭義の仕事場のドアが半開きになっている。声はそこから聞こえてくるようだった。
「……何をいまさら……」
「成島、僕は……」
「……話すことなんか……もう……」
 予想どおり剣呑な会話の断片を耳にしながら、こっそり忍びよる。部屋の手前まで近づいたところで、いきなりはっきりした声が響いた。
「だからなんだって言うんだ」
 昭義だった。
「もうおまえとはなんでもない。美也子も死んだ。俺たちのことは放っといてくれ」
「成島」
 いつもより低い市村の声。
「わかってるだろう。僕は……」
「……よせ、市村……っ!」
 がたんと椅子のずれる音。激しい息遣いと唸り声。ぶつかりでもしたのか、壁が二、三度振動した。
 しばらくして、静まりかえった部屋の中を、拓見はドアの隙間から恐るおそる覗きこんだ。
 二人の男が、壁にもたれるようにして立っているのが見えた。こちらに背を向けているのがおそらく市村。市村と壁に挟まれた格好で、こちらを向いているのが昭義だ。市村の両手は昭義の両手首を握りしめ、彼を後ろの壁に縫いつけている。そして二人の顔は――。
「……!」
 拓見は一瞬、息をするのも忘れ、呆然とその光景に見入った。
 考えるより先に体が動いた。鞄を持ったままくるりと向きを変え、玄関へ向かって走りだす。背後で慌てたような気配がした。
「拓見!」
 飛び出す直前、昭義のうわずった叫び声が耳に入ったが、拓見は振りかえらなかった。
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まろやか連載小説 1.41