BL◆父の肖像
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− 07 −
 佐藤の家を辞したのは、夜も十時をまわってからだった。佐藤の兄が帰ってきたのを潮に腰を上げたのだが、その時点でまだ両親は帰宅していなかった。
 見かけた電話ボックスで雅俊に連絡してみると、あんのじょう苛立った声で文句を言われた。
『おじさん、すごく心配してたぞ。何があったか知らないけど、早く帰れよな』
 生返事をして電話を切ったが、帰ろうという気にはなれなかった。とはいえ、泊めてもらえるようなつてもない。
 拓見はポケットを探って財布を持っていることを確かめると、繁華街へ向かって歩きはじめた。
 大声で上司の悪口をわめきながら、千鳥足で通りすぎていく二人連れのサラリーマン。迷惑など思いも寄らないといった様子で、道端に広がって馬鹿騒ぎをしている大学生の群れ。怪しげな路地の角で、値踏みするような目で通行人をうかがっている客引きたち。通りには、昼間とはまるで違ったネオンが灯り、日光の下では見られなかった異様な熱気があふれている。
 夜の街は、拓見のような中学生には無縁の場所だった。当然のことながら、行く先々で拓見の学生服姿に奇異のまなざしが向けられる。だがだれもそれ以上の関心はないらしく、呼びとめられるようなことは一度もなかった。
 二十四時間営業のドーナツ・ショップを見つけ、中に入って空腹を満たした。ここでも店員からじろじろ見られたが、結局何も言われなかった。
 熱いコーヒーをすすりながら、拓見はぼんやりとこれからのことを考えた。いい案は浮かばない。市村と父の顔がちらついて、少しも考えがまとまらなかった。帰りたくない。思うのはそれだけだった。
 しばらくすると店内が混みあいはじめ、長居しにくい雰囲気になってきたので、しかたなく外へ出た。少し歩くと、こんどはゲームセンターが目にとまった。自動ドアの前に立ったとたん、きらびやかな店内から、電子音と人の声の混じった喧騒がどっと洪水のように押しよせてきた。
 拓見はいままで、こういうところに出入りしたことがなかった。中はほとんど十代、二十代の若者たちで占められていたが、てんでにゲーム機に向かう背中が他人を拒絶しているようで、拓見はひどい孤独感を覚えた。
 とりあえず目立たないところ、落ちつけるところを探して奥の方へ向かう。と、ふいに横手から腕をつかまれ、不機嫌そうな声で咎められた。
「ちょっと。あんた、そんな格好でうろうろしないでよ」
 化粧をして派手な服を着ているが、明らかに未成年とわかる少女だった。
「目立つでしょう。補導員が来たら、こっちが迷惑なんだから」
 少女の連れと思われる少年が三人、両替機の隣で煙草を吸いながら、冷ややかな目つきでこちらを眺めていた。
「あの……す、すみません……」
 拓見は急いで離れようとしたが、少女は放してくれなかった。
「あんたさァ、こんなとこで何してんの?」
 腕をつかんだまま、舐めるような視線を向ける。
「ゲーム……じゃないよね」
「えっと、あの……」
「おい、イッコ」
 少年の一人が、煙草をくわえたまま顎をしゃくった。
「噂をすれば……来たぜ」
 出入口の自動ドアが開いて、二人の男が中に入ってくるところだった。じろじろと四方に目を配る彼らの腕には、拓見にも見覚えのある補導員の腕章がはめられていた。
 少年たちは煙草をもみ消すと、そそくさと場所を移動しにかかった。イッコと呼ばれた少女の手が離れ、拓見はどうするべきか迷ってあたりを見回した。だがすぐに別の手が拓見をつかみ、耳元で囁いた。
「おまえも来いよ」
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