BL◆父の肖像
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− 09 −
「深く吸いこまないほうがいいよ。初めてだときついから」
 拓見は曖昧にうなずき、口紅のついた煙草をこわごわくわえた。
 言われたとおりそっと吸ってみる。独特の匂いが肺に流れこみ、気のせいか頭がふわっと軽くなった。
 すでにアルコールのせいで、頭はなかば朦朧としている。
 ここに来て小一時間。四人の会話の端々から、拓見は彼らのおおよその関係はつかんでいた。
 少年三人は、同じ高校の同級生。拓見を誘った無口な少年はサトシ、あとの二人はタカ、ミチと呼ばれている。イッコという少女は、別の高校で、どうやら少年たちより年上らしい。
 このアパートは、驚いたことに彼ら――もっと限定すればサトシ――の知人の住居らしかった。《スドウさん》と彼らは呼んでいたが、よほど気安い仲なのか、勝手に新しいボトルの封を切ったり冷蔵庫をあさったりと、四人は呆れるほど我が物顔にふるまっていた。
「キミヨの話、聞いたか?」
 ソーセージをかじりながらタカが言った。
「ヨシノリと別れて、こんどは弟に迫ってるんだとさ」
「わかんねえなあ」
 とミチ。
「同じ顔のヤローとつきあって、何がおもしろいんだ?」
「なァに、あいつはさ、ヨシノリの顔にほれてたんだよ」
 タカの言葉に、拓見はぴくりと反応した。
「はじめっから、中身なんかどうでもよかったのさ」
 ――……の顔にほれて――
 ――中身なんか――
 同じフレーズが頭の中をぐるぐる回った。視界もぐるぐる回りはじめ、拓見はグラスを置いて畳に両手をついた。
「ちょっと、あんた……」
「おい、ヤバいんじゃねェか?」
 イッコとタカが不安そうな声を上げた。拓見は大丈夫だと言う代わりに首を振ろうとしたが、その前に強い力で引きおこされ、あっというまに台所まで連れていかれた。
 間一髪だった。
 胃の中身があらかたなくなって、口をゆすぐ段になって初めて、拓見は自分の体を支えてくれているのがサトシだということに気づいた。
「もう平気か」
 拓見がサトシの問いにうなずいたとき、玄関のドアが開いてだれかが入ってきた。
「部屋の中が白いぞ。窓開けろ」
 スーツを着た若い男だった。長めの髪を後ろに撫でつけ、両耳にピアスをつけているその身なりは、一般的なサラリーマンのそれではない。
 彼はけだるげに靴を脱ぎながら、彫りの深い顔を拓見たちの方に向けた。
「……そいつは?」
「拾った」
 サトシが短く答えた。
 それだけだった。
 男はすぐに興味を失ったように顔をそむけ、一部屋しかない奥の方へ向かって声をかけた。
「おい、窓開けろってば。たくもう、勝手に飲み食いするんなら、ちったァ気をきかして布団ぐらい敷いとけよな」
 ミチが「スドウさん」と呼びかけた。
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まろやか連載小説 1.41