拓見が自宅に戻ったのは、朝の五時過ぎだった。
中に入ったとたん、居間のソファに腰かけてうつむいている昭義の姿が見えた。夜通し待っていたにちがいない。拓見が部屋の前を通りかかると、充血した目を上げて何か言いたそうなそぶりをしたが、拓見は顔をそむけて拒絶の意を示した。
自室の前で、拓見は勢いよく振りかえった。黙ってついてきていた昭義が、たじろいだように立ちすくんだ。
「どうして母さんと結婚したの?」
拓見は突きさすように言った。
「母さんが、あの人と似てたから?」
昭義はぼんやりした表情で拓見の顔を見つめた。
「……何を……」
「汚いよ!」
拓見はそう叫ぶと、逃げるように部屋に駆けこんでドアを閉めた。
昭義は追ってこなかった。それで拓見はよけいに苛立ち、ドアに向かって激しく言葉を叩きつけた。
「父さんなんか大っ嫌いだ! 死んじまえ!」
答えはなかった。
拓見はさらに、手近にあった本をドアに投げつけると、ベッドに倒れこんで枕に顔をうずめた。喉から嗚咽のような声が漏れたが、涙は流れなかった。