BL◆父の肖像
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     * * *

「そうか……N高なら、まず安全圏だな」
 手元の資料をめくりながら、担任の大塚が言った。
 放課後の進路指導室。夏休み前のこの時期、進路の最終確認をするために、三年生は個別に担任と面談する。各自の希望と現実的な諸問題――学力とか経済力とか――を照らしあわせ、妥当かどうかを検討するのだ。
「だけどおまえの成績なら、がんばればK高ぐらいでも入れるんじゃないかな……あそこは美術部も有名だし」
 拓見が黙っていると、大塚は顔を上げて続けた。
「市村先生が言ってたぞ、おまえには絵のセンスがあるって。やっぱりお父さんの子供だな」
「父とは関係ないでしょう」
 拓見は硬い声で言いかえしたが、大塚は動じた様子を見せなかった。
 最近拓見の様子がおかしいことぐらい、彼は担任として当然気づいている。だがこの年ごろは、思春期に反抗期と、いろいろナイーブな問題を抱えているものだ。拓見の場合も、そうしたものによる情緒不安定だろうと考えていた。
「まあ、それはともかく」
 大塚はなだめるように言った。
「せっかく才能があるんだ。どうせなら実績のある学校に進んで、腕を磨くのもいいと思うぞ」
 それについては否定も肯定もせず、拓見は目を伏せて自分の指先を見つめた。
「市村先生といえば」
 拓見はさりげなく切りだした。
「新卒でもないのに産休の代理なんて、珍しいですね」
「ああ、あの先生は、この春急にこっちに越してこられてね」
 大塚はとくに疑うふうもなく言った。
「突然のことで教員のあきもなかったんだが、たまたま清水先生が予定より早く産休に入られて……」
「なんで急に、引っ越しなんか」
「なんでも、奥さんのお父さんが急に倒れられたとかでね。こっちへ来ていっしょに暮らすことになったらしい」
 市村が結婚していたとは初耳だった。あるいは最初の時間にだれかが質問したかもしれないが、拓見はそれどころではなかったので覚えていない。
「ふうん……ご両親のほうを呼びよせることはしなかったんですね」
「うん、奥さんの実家は老舗でね、それを畳むわけにはいかないとかで……ほら、知らないかな? 駅裏にある川野屋って飴屋さん」
 拓見は知らなかった。そのことを伝える前に、大塚がまた口を開いた。
「成島は、市村先生のことが気になるんだな」
「だって……」
 拓見は口ごもった。
「よく似てるでしょう?」
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まろやか連載小説 1.41