BL◆父の肖像
3 − 11 − * * * 「そうか……N高なら、まず安全圏だな」 手元の資料をめくりながら、担任の大塚が言った。 放課後の進路指導室。夏休み前のこの時期、進路の最終確認をするために、三年生は個別に担任と面談する。各自の希望と現実的な諸問題――学力とか経済力とか――を照らしあわせ、妥当かどうかを検討するのだ。 「だけどおまえの成績なら、がんばればK高ぐらいでも入れるんじゃないかな……あそこは美術部も有名だし」 拓見が黙っていると、大塚は顔を上げて続けた。 「市村先生が言ってたぞ、おまえには絵のセンスがあるって。やっぱりお父さんの子供だな」 「父とは関係ないでしょう」 拓見は硬い声で言いかえしたが、大塚は動じた様子を見せなかった。 最近拓見の様子がおかしいことぐらい、彼は担任として当然気づいている。だがこの年ごろは、思春期に反抗期と、いろいろナイーブな問題を抱えているものだ。拓見の場合も、そうしたものによる情緒不安定だろうと考えていた。 「まあ、それはともかく」 大塚はなだめるように言った。 「せっかく才能があるんだ。どうせなら実績のある学校に進んで、腕を磨くのもいいと思うぞ」 それについては否定も肯定もせず、拓見は目を伏せて自分の指先を見つめた。 「市村先生といえば」 拓見はさりげなく切りだした。 「新卒でもないのに産休の代理なんて、珍しいですね」 「ああ、あの先生は、この春急にこっちに越してこられてね」 大塚はとくに疑うふうもなく言った。 「突然のことで教員のあきもなかったんだが、たまたま清水先生が予定より早く産休に入られて……」 「なんで急に、引っ越しなんか」 「なんでも、奥さんのお父さんが急に倒れられたとかでね。こっちへ来ていっしょに暮らすことになったらしい」 市村が結婚していたとは初耳だった。あるいは最初の時間にだれかが質問したかもしれないが、拓見はそれどころではなかったので覚えていない。 「ふうん……ご両親のほうを呼びよせることはしなかったんですね」 「うん、奥さんの実家は老舗でね、それを畳むわけにはいかないとかで……ほら、知らないかな? 駅裏にある川野屋って飴屋さん」 拓見は知らなかった。そのことを伝える前に、大塚がまた口を開いた。 「成島は、市村先生のことが気になるんだな」 「だって……」 拓見は口ごもった。 「よく似てるでしょう?」 |