BL◆父の肖像
3 − 06 − * * * それから拓見は、スドウのアパートに入りびたるようになった。 第一には、父へのあてつけだった。父が、ずっと自分たち母子を欺いていたことに対する怒り。それから、何も知らずにへらへらしていた自分に対する怒りもあった。 第二に、ここはいまの拓見にとって、唯一居心地のいい場所だということだ。自分一人だけ踊らされていたという認識は、周りの人々が陰で自分を嗤っているのではないかという強迫観念を呼びおこした。教師や級友たちが、無邪気な表情の下で何を考えているのかと思うと、ぞっとしてしまう。 逆に、この薄汚れたアパートにはほっとするものがあった。拓見がいままで見ていたものが虚構なら、違う世界に属するここには真実がある。 「あれが例の彼女?」 あの日の翌日、不安そうにきいてきた佐藤に、面倒だったので拓見はそうだと答えた。 「気ィ悪くするかもしれないけど……あんまりつきあわないほうがいいと思うな」 佐藤は目を合わせないようにして言った。 「噂だと、けっこうヤバい連中らしい」 やばくてけっこう。拓見は何も言わず、ばかにしたような目で佐藤を見つめた。 スドウ宅にしばらく通ううちに、拓見は彼らの素性を、もう少しだけ詳しく知った。 スドウのフルネームは須藤安雄(すどう・やすお)。何をやっているかまではわからないが、夕方出て深夜に帰ってくる。サトシこと日野敏(ひの・さとし)は、生徒の素行不良で有名な某高校の二年生。タカとミチは彼の級友で、イッコは近くの女子高の三年生らしい。 須藤と敏の関係や、イッコと少年たちが知りあった経緯などはまったくわからなかった。 彼らとつきあうようになって、拓見ががらりと変わったかといえばそうでもなかった。 学校へは毎日行った。須藤がそうしろと言ったからだ。 「いまの世の中、学歴がなかったら、本当には自由に生きられないからな」 ほかのだれかから聞いたら一笑に付してしまうような言葉も、彼の口から出ると妙に重みがあった。 自宅へも日に一度は戻った。須藤のアパートには、拓見の荷物まで置くスペースがないせいでもある。拓見は毎日、学校が終わるといったん帰宅し、着替えて翌日の準備をしてから家を出た。 もちろん父と顔を合わせることもあったが、拓見のほうからは一言も口をきかなかった。父は少しやせたようだ。沈痛な表情を浮かべたその顔を見るたび、拓見はちくりと良心の痛みを感じ、同時にひどい苛立ちを覚えた。 |