BL◆父の肖像
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− 03 −
 夜になって拓見は、急に第三者の意見が聞いてみたくなった。それで敏に話をもちかけた。
 とはいえ打ち明けるのは、自分の家はまったく親戚づきあいがないこと、身寄りがないはずの母にどうやら血縁者がいるらしいことなど、当たり障りのない範囲にとどめておいた。
 敏は黙って耳を傾けていたが、話が父の大喧嘩というところに及ぶと、首をかしげて用心深く口を開いた。
「それは……駆け落ちか何かじゃないのかな」
「駆け落ち?」
「うん……それで、勘当でもされたとか」
 なるほどそう考えれば、両親が二人とも親族と絶縁状態になっていたことの説明がつく。だがそうなると、市村はそれにどう絡んでくるのか。
「でも、駆け落ちだったら、子供の僕には教えてくれてもいいんじゃない? 隠さなきゃいけないことでもないと思うけど」
「事情があるんだろ」
 敏はさらりと言った。
 その口調があまりにもさりげなかったので、拓見はかえって驚いて敏を見つめた。
 背が高く、顔も大人びているこの年上の友人は、外見に比例して内面的にも拓見よりずっと大人のように思われる。
 たった二年の差で、こうも違うものかと思った。いや、年の差だけではない。経験の差がこれだけの違いを生み出しているのだ。何事にも無関心を装っているその下に、もっと能動的で情熱的なものが隠されていることを、拓見はしばしば感じることがあった。
 彼はいったい、これまでに何を経験し、何を考えてきたのだろう――。
「たとえば?」
 拓見は敏の目を見つめたままきいた。
「どんな事情だったら考えられる?」
「人によりけりだろうな」
 敏は目をそらして窓の方を見た。
「駆け落ち自体を恥ずかしく思っているのかもしれないし、出てきた実家のほうに問題があるのかもしれない。それとももっと別の何かがあったのか。……単に、おまえに気を遣わせたくないというだけの話かもしれないしね」
 拓見は、敏が挙げたそれぞれに自分の両親の場合をあてはめてみた。
 駆け落ちを恥ずかしく……そうは思わなくとも、後悔はしたかもしれない。だがどちらにしても、かたくなに隠すほどのことではないと思われる。自分に気を遣わせないためというのはありえないことではないが、それが第一の理由とは考えにくい。実家の問題というのは何か。差別されるような家柄とか、それとも逆に、スキャンダルを恐れるような名士の家系とかいうことだろうか……。
 別の何か、というのは非常に漠然としていた。人に知られたくない秘密といえば、真っ先に浮かぶのは犯罪絡みのことだ。まさか父と母は、何かの犯罪に……?
 そこまで考えて、拓見は首を横に振った。
 そういう問題ではないような気がする。市村と父と母の間に何かあるとすれば、もっと個人的なことではないのか……。
 市村は父のことが好きだった。だが父は母と結婚した。当然だ。市村は男で、たとえ両想いだったとしても、父と結婚できるはずがない。では市村と母の関係はどうか。瓜二つといえるほど酷似した容貌からみて、二人が血縁関係にあることはほぼ間違いないだろう。それもかなり近い血すじ――年齢からすれば姉妹かもしれない。姉か妹かはわからないが、その市村の姉妹と父がいっしょになった。父の気持ちは……いや、それでは堂々巡りだ。視点を変えて……そうだ、母はどう思っていたのだろう。母は父と結婚したが――。
 拓見は突然、すべての動きをとめた。数秒の間、呼吸さえとまっていた。
 母は――。
 許しがたい考えだった。父と肉体関係を持つことより、市村と父が恋人の関係にあることより、拓見にとってはもっとずっと忌まわしい考えだった。だがそう考えれば、市村と父があれほどむきになって隠そうとしていたわけもわかる……。
 ジグソーパズルのそれぞれのピースは、まだあるべき場所にはまっていなかった。だが拓見は、パズルの完成像が一瞬だけ見えた気がした。
 拓見は、いぶかしげにこちらを見ている敏の顔を見つめ、すすり泣くような声で言った。
「……どうしよう?」
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まろやか連載小説 1.41