BL◆父の肖像
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− 05 −
 寝室のドアを開けると、昭義はまだ寝入っていなかったらしく、目をすがめるようにして頭をもたげた。
「……なんだ?」
 拓見は答えず、するりと中に入りこんだ。濡れた髪を拭いていたタオルを無造作に投げすて、落ちついた足どりで前に進み出る。月明かりに、少年の裸身が白く浮かびあがった。
「拓見……?」
 昭義の目が驚いたように見開かれた。拓見は静かにベッドに手をかけると、黙って昭義の横に体を滑りこませた。そのまま昭義の体に腕をまわし、胸に顔を強く押しつける。
 懐かしい父の匂いがした。呼吸に合わせて規則正しく上下する胸。その下から伝わってくる重々しい鼓動。
「……父さん」
 拓見はためらい、一呼吸おいてから続きを口にした。
「僕のこと、憎んでる?」
「なんだ、何を言って――」
 戸惑うような昭義の声が聞こえた。拓見は顔を上げ、父の目を見つめてくりかえした。
「ねえ、僕のこと、ずっと憎んでた? いまも憎んでる?」
「ばかなことを」
 昭義は唸るように言うと、拓見の肩をつかんで軽く揺さぶった。
「そんなふうに思うわけがないだろう? いったい何を急に――」
「じゃあ、抱いて」
 拓見の言葉に、昭義は一瞬硬直した。彼は息をとめ、信じがたいものを見るようにまじまじと息子の顔を見つめた。
「抱いて」
 拓見は伸びあがり、両手で昭義の顔を挟むようにして唇を合わせた。これまでの少なくない夜のなかで、拓見が自分から父を求めたのは、これが初めてだった。
 ひきしまった昭義の唇は、最初なんの反応も示さず、静かに閉ざされたままだった。そのうち、何か言葉を発するときのように動きだし、離れ、もう一度近づいた。
 触れるか触れないかぐらいにそっと唇を重ねられ、あやすようにゆっくり左右にこすられる。開いた拓見の唇から、吐息のような甘い声が漏れる。
「父さん……」
 それが引き金になった。
 昭義は体を反転させて上になると、堰を切ったように拓見にむしゃぶりついてきた。
 瞼に、頬に、唇に口づけを浴びせ、骨が折れるほど強く抱きしめられた。拓見の存在が現実であることを確かめるように、両手で体じゅうをなぞられ、それからまた何度も抱きしめられた。
「……拓見、拓見、拓見……!」
 激しい息遣いと圧倒的な力は、かつては拓見を怯えさせるものだったかもしれない。だがいまは、それは巧みに悦びをもたらし、安心を与えるものでしかなかった。
 首すじに歯があたり、そのまま肩の方へ移動すると、拓見は体をぴくりとひきつらせ、かぼそい声を上げた。
「ぁ……ア……ッ」
 煮えたぎる奔流のように押しよせ、あっというまに拓見を呑みこんだものがあった。それは激情ともいえるほどの強い欲望だったが、それが肉体に由来するものか精神に由来するものかは、彼にはわからなかった。
 父の苦しいほどの抱擁を受けながら、拓見も負けじと腕に力をこめた。自分から父を求め、ところかまわず唇を押しあてた。父のまねをして歯を立ててもみた。
 そうして拓見は、父がなぜそんなことをするのか、少しわかったような気がした。
 それは確認の行為だった。相手がそこに存在していることの確認、相手が自分の存在を感じていることの確認、そして自分が、たしかに相手を必要としているのだということの確認だ。
 拓見は確認した。そして確信した。この行為に隠された、本当の意味を――。
「あっ……あ、父さん……父さ……ん……」
 拓見はうわごとのように父を呼び、幼さの残る体で精いっぱい父を受けとめた。
 内部に押しいってきた父は猛っていた。熱く、硬く、その動きの激しさに痛みを覚えるほどだったが、拓見が泣いたのはそのためではなかった。
 肉体の熱さに反して、父の目にはどんな炎も宿っていなかったからだ――。
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まろやか連載小説 1.41