BL◆父の肖像
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− 07 −
 市村満と成島昭義が知りあったのは、二人が通っていた美術大学でだった。
 そこでは一年ごとに、学生たちの作品を集めて展覧会を催していた。入学して初めての展覧会で、昭義はその絵に出会った。繊細なタッチだが、心に重く響いてくるものを感じる。それは、彼が欲しいと思いながら手に入れられないでいる才能だった。
 立ちどまってその絵に見とれていた彼は、自分の隣で同じように立ちどまっている男に気づき、思わず声をかけた。
「これ……なかなかいいと思いませんか?」
「ありがとう」
 男ははにかんで言った。
「これ、僕の絵です」
 それが市村だった。色白で目が大きく、中性的な雰囲気を備えている青年だった。
 二人は歩きながら互いに自己紹介し、昭義は市村が自分と同じ一年だということを知って驚いた。この展覧会にはだれもが出品できるわけではない。教官たちの審査を通過した作品だけが展示されるのであって、昭義自身のものは残念ながらなかった。
 二人は急速に親しくなった。話題はもっぱら絵に関することで、市村はいずれは海外に留学したいと将来の夢を熱っぽく語った。昭義のほうは、卒業したら教師にでもなるつもりだった。彼の絵は技術的には問題ないが、魂がないとつねづね評されていたからだ。
 それでも絵を描くことは楽しかった。二人は互いにモデルになったりして、ときにはふざけあい、ときには真剣に腕を磨きあった。
 じきに昭義は、市村の自宅に招かれるようになった。市村の実家は大学に程近く、彼は親元から通っていた。
 昭義はそこで、市村の妹、美也子に出会った。恋に落ちたのはすぐだった。だが彼はそれを表には出さなかった。あくまで市村といるのが楽しいのであり、美也子には関心などないのだという素振りさえみせた。それがのちのち市村の誤解を招くことになろうとは、そのときは思いも寄らなかった。
「そのうち俺は、あることに気がついた――」
 昭義は言葉を切り、続きを言おうかどうしようかと迷うように視線をさまよわせた。だが拓見のまっすぐな視線にぶつかり、決意したようにふたたび口を開いた。
「美也子の目が、いつも市村に向けられていることに」
 はじめは気のせいかとも思った。だが注意して観察を続けるうちに、疑惑はやがて確信に変わった。何かの間違いであってほしいと願いながら、昭義は思いきって美也子にきいた。
 ――君はもしかして、お兄さんのことが好きなの?――
 すると彼女は、鋭い目で昭義を見返し、挑むように言ったのだ。
 ――そうよ。私は兄さんを、一人の男性として見ているわ。ほかのだれも、兄さんにはかなわない――
 昭義はそんな美也子を憎んだ。美也子に愛される市村を憎んだ。その憎しみを決定的なものにしたのは、市村からの思いがけない告白だった。
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まろやか連載小説 1.41