須藤のアパートにも、ときどき顔を出していた。以前のように泊まることはあまりなかったが、須藤や敏とはたまに肌を合わせることもあった。この二人のそばでは、倫理とか道徳とかいった概念は、いつのまにか無効になってしまうのだ。
ある日、拓見がいつものように訪ねていくと、二人が汗だくになって荷造りをしているさいちゅうだった。引っ越しの準備をしているのだとわかった。
「オーストラリアに行くんだって」
敏が須藤の代わりに説明した。
「金が貯まったから、日本とはおさらばだとさ」
自分はどうするのかという拓見の問いに、敏はひょいと眉を上げて答えた。
「俺? 俺は来年受験生だからな。……ま、大学に入ったら、遊びに行くかもしれないけど」
この二人の関係は、拓見にはやはりわからない。一生わからないかもしれない。
「これ、俺んチの電話番号」
敏からしわになった紙片を渡されて、拓見は胸の中が温かいもので満たされるのを感じた。