BL◆MAN-MADE ORGANISM
第1章/人に造られし者 − 10 − * * * 夢うつつのまま数日がすぎ、突然ライナーは覚醒した。 見覚えのない天井に一瞬混乱し、左半身の鈍痛に記憶を呼び覚まされる。 脇腹は鉛が詰められているように重い。つながれた腕はかろうじて指先の感覚がわかる程度で、まだしびれてほとんど力が入らない。左耳では、ピアスが応答を促す電気刺激をしきりにくりかえしていた。 「――MMO」 『どうした。何があったんだ』 「しくじった」 ライナーは事務的に事の顛末を報告した。 「この仕事は降ろさせてくれ。俺の手には余るし……やりたくない」 『ライナー……』 「嫌なんだ!」 ライナーは声を荒らげた。左脇腹に激痛が走り、息が詰まる。 『わかった』 GODはなだめるように言った。 『この件については検討しよう。追って指示があるまで――』 だがライナーはその言葉を最後まで聞いていなかった。 扉が開き、凶悪な銃口が自分を狙っているのに気づいたからだ。 銃の向こうからセルゲイ・グローモワが姿を現し、寝台に近づくとライナーの手からピアスを取り上げた。 セルゲイの靴の下で、小型通信機はあっけなく粉砕される。 「鼠め」 敵意もあらわにセルゲイは吼えた。 「アンドロイドだと? 学生になんぞなりすましおって。すっかり騙されたわい」 まだとても動ける状態ではない。ライナーは覚悟を決め、力を抜いて枕に背を預けた。 その胸元に銃口を突きつけ、セルゲイは短く質問した。 「何が目的だ。誰に言われて来た」 「目的はミハイル・グローモワの暗殺」 ライナーも端的に答えた。 「それを命令した人物ないし組織についての知識はない。機密の漏洩を防ぐために、何も知らされていない。だから拷問にかけようが、解体して調べようが無駄だ。……撃て」 「まだだ。知っていることは全部話せ。なぜミハイル・グローモワを暗殺する必要があるのか、その理由は聞いたのか」 「とっくに滅んだはずの人間兵器……」 銃口が強くくいこんだ。 「それを知っているのか」 「五十二年前に処分された最後の個体のことも」 ライナーはセルゲイの反応を見ながら言葉を続けた。 「セルゲイ・グローモワ。当時あなたは、あの辺境の惑星にいた。あなたが今の名声を得ることになった直接の研究のために。研究の対象は――」 「やめろ!」 セルゲイは動揺した。ライナーは続けた。 「常人の何倍もの能力を持つ強化人間。その最後の生き残り。彼の処分が決定された直後、あなたは別の研究対象を求めてそこを離れた。おそらく、採取した彼の細胞を懐に隠して。彼の名は――」 今度はセルゲイはとめようとしなかった。 「――ミハイル」 老いた学者の体から、魂が一瞬にして抜けてしまったようだった。彼は銃を取り落としかけて握り直し、蒼白な顔をして呟いた。 「わしは、あれを愛していた。わしは若かった。後先も考えずあれの一部を持ち出し、ほとぼりがさめるのを待ってクローニングを行(おこな)った」 重い沈黙のあと、ライナーは口を開いた。 「わからないのは、なぜミハイルを表に出したかということだ。黙ってかくまっていれば誰にも知られず、俺のような者が送りこまれることもなかった」 「クローンといえども、同じ人間ではないということだ」 セルゲイは答えた。 「あのミハイルは、わしの愛したミハイルとは違う。自分の意思を持ち、一人の人間として生きたがっている。わしにはとめられなかった。だが、やはり間違いだった」 セルゲイは淀んだ目をライナーに向けた。 「最後にもう一つ。……なぜ、ミハイルをかばった?」 ライナーは少しためらい、それから言った。 「亀のせい、かな」 「亀?」 「答えはミハイルに聞いてくれ。……さあ、話すことはこれで全部だ。一発で終わらせてくれよ」 訪れる死を待ってライナーが目を閉じたそのとき、出入り口の方でことりと小さな物音がした。 「ミハイル!」 セルゲイの声にライナーは目を開けた。 扉の陰から、ミハイルが姿を現そうとしているところだった。 白い顔にはあいかわらず表情がない。静かに歩み寄ると、ミハイルは老人の手から銃を取り上げ、黙って近くのテーブルの上に置いた。 「セルゲイ」 夕食の献立でも相談するようにミハイルは切り出した。 「私はここを出ていく。誰のためにも、それがいちばんよさそうだ」 ライナーに近づき、傷の具合を見ながらさらに言った。 「セルゲイ……あなたは何も話してくれなかった。あなたは私に話すべきだった」 |