BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第1章/人に造られし者
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「あんたには説明の必要がないかもしれないけど、人造生命体――擬似生命体は、まだ本当に〈擬似〉でしかないんだ」
 ミハイルの私室で飼われている亀を見ながら、ライナーは語った。
「このボディは確かに、人間に酷似した外観をし、機能的にも生体としての要件を備えている。だけど、脳に該当する部分が未分化でね、このままでは統制がとれず、無秩序な代謝をくりかえしてすぐに死んでしまう。それを解決するために考案されたのが生体回路。いわば、人工の神経節のようなものだ。これを要所要所に配することで、各部位の神経系を秩序立て、フィードバック機能によって全体を統制する」
「つまり、君には脳がないのか」
「独立した脳という器官はないが、全身が脳だともいえる」
「驚いたな」
 ミハイルはライナーの治りかけの腕を取り、感触を確かめながらしげしげと眺めた。
「指先まで脳なのか。どんな感じなんだ?」
「それは犬に向かって、尻尾があるのはどんな気持ちかと聞くようなもんだ」
 ライナーの軽口を聞いて、ミハイルは顔をほころばせた。石が急に花になったようなその変化に、ライナーは戸惑いを覚えて目をそらす。
「人間になったことはないから、人間の感じ方はわからない」
 ライナーは鳶色の目を伏せて言った。
「俺はプログラムに従って動いている。人間と同じ思考をし、同じ行動をするように作成されたプログラムだ。俺は人間と同じように笑ったり、泣いたり、怒ったりする。だけどそれは、あらかじめプログラミングされたとおりに反応しているにすぎないんだ。うれしいとか悲しいとか思うのも、俺がそう感じているわけじゃない。これらはみんな、作られた、外から与えられた、偽物の感情だ」
「たとえ偽物だとしても……かまわないじゃないか」
 ミハイルはライナーの手を持ったまま、独り言のように呟いた。
「本物と区別がつかなければ、それは本物であるのと変わらない。君が感じることはすべて、君にとっての真実だ。君が、亀を好きだということも」
 顔を上げて、唇の端に皮肉な笑みを浮かべた。
「それに、しょせん生き物はすべて、前もって決められたプログラムに従って生きているものだ。……遺伝子という名のプログラムに」
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まろやか連載小説 1.41