BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第1章/人に造られし者
− 06 −
 大学生活にはすぐになじんだ。共通の講義室で必須科目の講義を受けるほかは、所属する研究室で、教官の指導のもと実験の手伝いなどをしてすごす。
 実験室の亀に心を奪われていたライナーは、実験棟の裏に動植物園があることを聞くや、さっそく足を延ばした。
「ここに集められているのはみんな、グローモワ助手の実験室で生まれたものなのよ」
 案内役を買って出たデイル・ホークスが、自分のことのように誇らしげな口調で説明した。
「ほら、あの池にいるのは鱒、向こうには各種の蛙、そこに並んでるのは蛇の槽。……ここにはね、なんとシーラカンスまでいるのよ」
 動植物園は巨大な温室になっており、中は亜熱帯の気候に調節されていた。実験室生まれの植物が天井まで覆い尽くす勢いで生い茂り、歩道の石畳も見えないほどのちょっとしたジャングルになっている。
 息苦しい濃密な空気の中を泳ぐようにして歩いていくと、かきわけられた葉の間から一匹の蜂が飛び出してきた。
「大丈夫。その蜂は品種改良で針を取ってあるの。ここの植物たちの受粉に、なくてはならない存在よ」
 蜂をよけて身をすくめたライナーに、デイルが笑って説明した。
「すごいな」
 ライナーは心から感嘆の声を上げた。
「これがみんな、もとはただの分子だったなんて。これらはもう、れっきとした生物だ。呼吸して、活動して、繁殖している」
「その言い方は正確じゃないわ。私たちだって同じよ。私たちのこの体も、突き詰めればただの分子――いいえ、ただの原子の集合体でしかないのよ」
「……生命とは何か」
「え?」
「いや、生命とは何か、ってさ。グローモワ助手が言っていた」
 その名前が出たとたん、デイルの顔がすっと曇った。
「グローモワ助手……もう何もないといいのだけれど」
 頬に触れた蔦植物の葉をもてあそびながら言う。
「彼は天才で、人類の一つの希望だわ。最近の一連の事故は、彼の頭脳を妬んだ旧学派のしわざじゃないかとも言われてる。それが本当かどうかは別にしても、今彼に何かあったら……人類にとって大きな損失となることは確か」
 ライナーは無意識に目をそらしていた。
 その希望を、自分はこの手で消し去ろうとしている。あの小さな亀を、このジャングルを創り出した人間を、害虫か何かのようにひねり殺そうとしている。
 だが――それが自分に与えられたただ一つの仕事なのだ。
 それが自分のただ一つの存在理由なのだ。
 揺らぐ気持ちを引き締め、ライナーは足早に出口へと向かった。
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まろやか連載小説 1.41