BL◆MAN-MADE ORGANISM
TOPINDEX BACK NEXT
第1章/人に造られし者
− 09 −
 闇医者が帰ったあとミハイルが戸締まりをしていると、緩やかな弧を描いて二階へ続く階段の上から、セルゲイ・グローモワが静かに下りてきた。
「何があった」
「ライナー・フォルツが、私をかばって怪我をした」
「ライナー? だが、今の医者は」
「ほかに来てくれる医者がなかった」
 セルゲイは不信のまなざしを向けたが、それ以上追及しようとはしなかった。
 代わりにミハイルを引き寄せると、目蓋に接吻して言った。
「目が覚めてしまった。来ておくれ」
 月に一度か二度のことだった。年老いた学者は、ときおり思い出したようにミハイルを寝室に呼んだ。
 乾いた指にまさぐられ、乾いた唇に追い立てられる。闇の中で声もなく営まれるこの行為は、ミハイルをいつも虚無感と焦燥感の中に置き去りにした。
 この老人と血のつながりがないことは承知していた。老人がミハイルの名を呼びながら、ミハイルではない誰かの姿を見ていることも知っていた。
 哀れな年寄り。
 ミハイルがほんのちょっと腕に力をこめただけで、あっさり砕けてしまうような朽ちかけた男。
 実際ミハイルは、そうしたい衝動に駆られることもしばしばだった。
 この男を殺せば自由になれるかもしれない。
 だがいつも思いとどまった。
 そうしたところで何も変わらない。自分の居場所はどこにもない。現にここにいてさえ、屍肉に群がるハイエナのように、何者かの悪意が自分を嗅ぎつけてくるではないか。
 乾いた接吻、心のない愛撫を受けながら、ミハイルは夜具の中で身をよじり――少しだけ、ライナーのことを思った。
TOPINDEX≫[ 読んだよ!(足跡) ]
まろやか連載小説 1.41