BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第2章/星を渡る船
− 01 −
「――食事だ」
 鼻先に器を置かれて、ライナーはぼんやり目を開いた。
 密輸船の狭い医務室の中だ。両腕は後ろで拘束され、鎖で床につながれている。布一枚をかけられただけの体は、それでも汗ばむほど熱を持ち、だるい。
 のろのろと身を起こし、器に顔を近づけたが、口を開いたところで断念した。
 舌を動かすと、口腔内に植え付けられたばかりの官能細胞が刺激され、苦しいほどの性感に全身をさいなまれる。
「食べられないのか」
 初老の医師は手を伸ばしてライナーの顎を捉え、口を開けさせて中の状態を見た。
「大丈夫、順調だ。もう少し組織が安定すれば普通に生活できるようになる。……どれ、栄養剤でも打っておいてやろうか」
 注射針の刺激にまで反応して、ライナーは小さく身を震わせた。
 出航以来、ライナーはこの一室に監禁され、連日官能細胞の植付を施されていた。
 官能細胞は生体セクサロイド用に創り出された一種の寄生生物で、表皮に植え付けられるとその場に根を張り、触手を伸ばして最寄りの人工神経節に直結する。体表で官能細胞が受けた刺激は直接神経節に伝えられ、ことごとく性感として認識される仕組みだ。
 この発明は、プログラムを超えた固有の性感をセクサロイドに与え、性行為に対する個体の自発性・積極性を高めた。また、細胞の配置によって性的嗜好を調整することができるため、ユーザーの希望に合わせたオーダーメイドも可能にした。
「それにしても、おまえさんは実によくできてる。こうしていると人間でないとはとても信じられんよ」
 やせたセクサロイドの専門医はそう言ってライナーの首筋に触れ、反応を見ながらそっと指を滑らせた。
「そら、その顔だ。市販のセクサロイドは、そんな複雑な表情を浮かべたりしない」
 実際、ライナーの調整にとりかかったとき、医師はデイル・ホークスを呼んで抗議した。
「セクサロイドだって? 冗談じゃない。透過映像は正真正銘人間のものだし、網膜の構造だって――」
「これは正真正銘、ただのセクサロイドよ」
 デイルは事もなげに説明した。
「最新型の試作品なの。表皮細胞に特殊な仕掛けがあって、特定の電磁波や粒子線を感知すると、あらかじめ用意された偽の情報を流すようになっているのよ。疑うなら、血液や体組織を採取して調べてごらんなさい。人間でないことがすぐわかるわ」
 医師はそのとおりにし、結果を見てようやく納得した。
「さて、今日の分を済ませてしまうとするか」
 鎖をはずされて、ライナーはおとなしく診療台に移動した。
 部屋の中にはこの男と自分しかいない。逃げ出すのはたやすいはずだったが、ライナーは考えもしなかった。組織への服従を教えこまれていた彼にとって、組織から与えられるものを甘受するのは当然のことだったからだ。
 手足を固定され、事故防止のために口枷をはめられる。口腔内を刺激されてまた強烈な性感に襲われ、一瞬目の前が白くなる。
 官能細胞の植付は、単純だが根気の要る作業だった。
 筒状の針を表皮に刺して、細胞を一つひとつ注入していく。すべて手作業で、植え付ける場所は専門医の経験と勘だけで選ばれる。コンマ数ミリの違いがセクサロイドの反応を大きく変えるため、気を遣う作業でもあった。
 注入に続く細胞の定着はかなりの不快感を伴った。注入後数秒たつと寄生細胞が触手を伸ばしはじめ、従来の体細胞を押しのけて、神経に絡みつきながら奥深く潜りこんでくる。セクサロイドの体は、その過程を克明に感じてしまうのだ。存在そのものを蹂躙されむしばまれる恐怖。それはちょうど、微小な虫に端からじわじわと舐めとられていくような感覚だった。
 触手が神経節にたどりつくと、今度は五感が劇的に変化する。これまで気づかなかった外的刺激が残らず感知され、まるで皮膚が目を開いたように世界が明瞭になる。表皮に定着した細胞が外界の情報を直接神経節に伝達するためだ。そのうえそれは、すべて激しい性感となって身内を駆け抜けた。
 未分化な脳の代わりに、全身に配された神経節のネットワークによって統制される肉体は、どの部分もが〈脳〉の一部であり、どこに刺激を受けても神経系全体が反応する。
「アッ……ア!」
 植付の済んだ皮膚の上を医師の指がかすめると、息もつけないほどの衝撃が走り、ライナーはたまらず声を上げた。
 痛みと呼ぶには曖昧な、快感と呼ぶには強すぎる感覚。
 身悶えるライナーの腹部に手を当て、医師は次に針を打つべき場所を探った。
「かわいそうだが麻酔は使わんよ。正確な位置がつかめないんでな」
 そう言ってまた一つ、滑らかな皮膚に細胞を植え付ける。
「試作品だというが、おまえさんにはたいしたいわくがありそうだな。ふつうは出荷前に――成体になる前に調整を済ませておくもんだ。この時期まで未調整というのは……」
 口をふさがれたライナーには、もちろん答えることはできない。それ以前に答えるつもりもなかったが、医師はそんなことにはおかまいなしに言葉を続けた。
「まあ、わしとしては、こんなに高級なボディをいじらせてもらえるんだからけっこうな話だ。せいぜい腕をふるわせてもらうよ」
 無造作に性器をつまみあげ、ひっくりかえして一瞥してからライナーの顔に目をやった。
「そう情けない顔をしなさんな。セクサロイドなら誰もが通る道だ……そうだろう?」
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