BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第2章/星を渡る船
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 法の網をくぐる、と船長が言っていたとおり、アンドラス号の請け負う仕事はあからさまにうさんくさいものばかりだった。武器や麻薬、機密データに横流し品、持ち出し禁止の資源、犯罪者……金さえもらえば原則として何でも運ぶ。
 大量の豚を運んだときはたいへんだった。ケージに入れられているとはいえ、航海の間うるさく鳴きわめく動物たちの面倒を見なければならない。そのうえ途中で船の電気系統が故障し、電磁錠がはずれるというハプニングがあった。船長以下全員で逃げた豚を船じゅう追いかけまわし、ようやく収拾がついたときにはもうすぐ目的地だった。
 船は一箇所に長く留まらなかった。荷を降ろし、船の整備をして次の荷を積んだら、すぐまた出航する。星から星へと渡っていき、同じ星を訪れることはめったにない。まさに追われる者にとっては絶好の隠れ家だ。
 船腹に描かれた梟の頭を持つ天使は、じつは船名の由来であるアンドラスという名の悪魔だった。破壊の象徴だというが、人を食ったような梟の顔は船長を彷彿とさせ、粗暴な悪魔というより厭世の賢者といったほうがふさわしいように思われる。
「……どうした」
 梟のような賢しげな目でのぞきこまれて、ミハイルは自分の想像に失笑した。
「つまらなそうな顔をしとるな。わしでは物足りなかったか」
 船長のタイチャルは緑色の目をしばたたき、毛布の下でごそごそと姿勢を変えた。その手が偶然を装ってミハイルの腰に触れる。一瞬目を細めたミハイルは、進んでくる腕を押しとどめ、老人の乾いた指に自分の指を絡めた。
「あなただからというわけじゃない」
 ミハイルは言いにくそうに口を動かした。
「もともと苦手なんです。相手が壊れてしまうから、力を入れるわけにいかない。だから気を遣うばかりで楽しめない」
 タイチャルはまさしく梟のように目を丸くし、すぐに表情を緩めて枕に頭を沈めた。
「ふーむ、誰にも悩みはあるものだな」
 枕元にあった嗅ぎ煙草に手を伸ばし、ひとつまみ取ってからミハイルにも勧める。
「まあ、わしの悩みはこれだな。嗅ぎ煙草はどういうわけか女どもに不評だ」
「船長には似合ってる」
「じゃあわしには、女は似合わんとでもいうのか」
 くだらない軽口でくすくす笑ったあと、二人は同時に真顔に戻った。
「……正直に言って、これからどうすればいいのかわからないんですよ」
 目を合わせないままミハイルが言った。
「養父はとても過保護で、私を人前に出したがらなかった。おまけに、あれもいけないこれもいけないと、私のすることに文句ばかり言っていた。それには充分な理由があったと、あとでわかったんですけどね。けれど当時の私はそれが不満で、いちいち養父の言葉に逆らうようなことばかりした。人と違いすぎるこの体を、もてあましてもいたんです」
 タイチャルは口を挟まなかった。
「何者かに狙われるようになったとき、私は内心その状況を喜んだ。がんじがらめの生活から逃れて、自由になれるかもしれないと思った。だけどこうして飛び出してきた今……自分が何をしたかったのかわからない」
 ミハイルはタイチャルの手を引き寄せ、指先にそっと唇を押しあてた。その指が静かに唇をなぞり、顎から首筋へと移っていくのにしばし身を任せる。
 老船長の愛撫は手馴れていた。指先の動き一つで、若い肉体を燃え立たせたりもなだめたりもする。その魔法のような指使いに翻弄され、ミハイルは思わず手を伸ばして老人の体を抱き寄せた。そして次の瞬間、慌てて体を引いた。
「申し訳ない」
 謝るミハイルに、タイチャルは顔をしかめて笑いかけた。
「そう気にするな。あばらの一本や二本折れたって死にやせん」
 だがミハイルは老人から離れ、行為を打ち切るように寝台の上に身を起こした。
「船長」
 答えなど期待していない口ぶりで言った。
「こんな体でも、私は人間といえるのでしょうかね?」
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