BL◆MAN-MADE ORGANISM
第2章/星を渡る船 − 13 − * * * ライナーは毎晩のように部屋を空けていた。 訪問先はイタロのこともあれば、ほかの誰かのこともあった。マレイの部屋に行っていることもあった。 それが何を意味しているかを想像して、ミハイルは鬱々とした気分になった。 昼間のライナーは陽気で、何の屈託もないように見える。仲間たちと一緒にぶつぶつこぼしながら作業にとりくみ、冗談を交わしながら食事をし、あるいは賭け事に熱中する。以前に何があったか忘れたような顔で、イタロやマレイともしぜんにつきあっている。 だが改めて注意して見ると、表情や動作にぎこちないものがあるように感じられた。全体的に覇気がないような、どこか無理をしているような感じだ。 仲間の輪からはずれて出入口の方へ向かうライナーを目で追っていると、そこにイタロが近づいていくのが見えた。イタロはライナーの肩に手をかけると、いやに親密なそぶりで耳元に口を寄せた。イタロが発した短い言葉に、ライナーが軽くうなずいて答える。イタロは満足そうに微笑むと、ライナーの肩を二、三度叩いて離れていった。 ミハイルは表現しようのない感情に胸をつかまれるのを感じた。 その夜、ミハイルの予想どおり、ライナーはイタロの部屋を訪れた。ミハイルはドアの横にもたれ、ライナーが出てくるまで待った。 ふたたびドアが開いたのは、二時間ほどたってからだった。 出てきたライナーはすぐにミハイルに気づき、きょとんとした目を向けて立ちどまった。 「……ミハイル?」 ミハイルは何も言わなかった。壁から背を離すとライナーの二の腕をつかみ、有無を言わせず自分の部屋にひっぱりこんだ。 ほんのり紅潮した肌に焦りを覚えながら、着ている物を剥ぎ取り、上半身に散ったかすかな鬱血を確認して息を詰める。 「君の意志か、それとも強要されたのか?」 ミハイルの問いに、ライナーはようやく合点がいったという顔をした。 「俺の意志だ」 「本当か?」 「本当だ」 ミハイルは詰めていた息を吐き、それから今度はゆるゆると首を振った。 「じゃあ、何で……」 「やったらいけないのか」 ライナーは体を壁に押さえつけられたまま、少し怒ったように問い返した。その物言いに神経を逆撫でされてミハイルは腕に力をこめた。だが言うべき言葉が見つからず、そのまましばらく無言の睨みあいになる。 「どうしろっていうんだ」 先に目をそらしたのはライナーのほうだった。 「何が悪い。俺は、俺の本分を全うしているだけだ」 「どうしてそんな言いかたをする」 「そんなって何だ。俺はセクサロイドだ。もともとこのために造られているんじゃないか」 「そんなふうに言うな」 ミハイルの剣呑な声に気圧されてライナーは口をつぐんだ。代わりに逃れようと身をよじったが、万力のような力で締めつけられた両手首はびくともしない。 「放してくれ」 とうとうライナーは蚊の鳴くような声で言った。 「俺のことは放っておいてくれ」 急に力の抜けた体を抱きとめて、ミハイルは態度を和らげた。 「君が好きでやっているのなら何も言わない。だけど、私にはそうは見えない」 ライナーの顔に、何とも頼りない表情が浮かんだ。それは、デイルたちを乗せた救命艇からむりやり離したときに見せたのと同じものだった。 「……こ、怖いんだ……」 うつろな視線をさまよわせて言った。 「じっとしているのがたまらなく怖い。たった一人で、知らない世界に取り残されたような気分なんだ。どうしていいかわからない……不安で……」 ライナーの両手が上がり、ミハイルの背中に絡みついた。そのはかない感触に突き動かされて、ミハイルはライナーの肩を引き寄せ、包むように抱きかかえた。ライナーの口から満足げな吐息がこぼれる。 だがライナーの体に変化のきざしが現れると、ミハイルはさりげなく体を離した。 「ライナー……私にはそんなつもりはない」 ライナーは弱々しく微笑んだ。ミハイルが微笑み返すと、何かを訴えるような目でしばらく見つめていたが、やがてその目を伏せて自分の足で体を支えた。 「もう大丈夫だ」 上着を肩にかけ、ドアへ向かいながら言う。 「おやすみ」 ライナーの姿がドアの向こうに消えたとき、ミハイルは何か決定的な過ちを犯してしまったような思いにとらわれた。 そしてそれは間違っていなかった。 |