BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第2章/星を渡る船
− 04 −
「君の名前は?」
 差し向かいで将棋を指しながら、ミハイルは相手の男に質問を投げかけた。
「その質問には、何か意味があるのか?」
 盤に目を向けたまま、男はぶっきらぼうに聞き返した。
「とくに意味はない。ただの好奇心と……それに、呼びかけるのに〈おい〉とか〈ちょっと〉では具合が悪いからさ」
「ダグ」
 ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
 男はデイルの部下の一人だった。ミハイルが退屈しのぎに将棋盤と相手を所望したところ、彼ならルールを知っているということでよこされたのだ。だが本当にルールを知っている程度の技量らしく、何度負けても同じ手をくりかえすばかりで話にならない。
「ダグ。君はずっと、デイルと一緒に仕事をしているのか?」
「いや」
「じゃあ、今度の件のために、わざわざ派遣されてきたのか」
「そうだ」
「どこから?」
 答えはなかったが、半ば予想していたことでもあった。ダグは無愛想ながら質問には比較的素直に答える。だが核心に触れようとするといつも、聞こえなかったかのようにだんまりを決めこむのだ。
 ダグに限らず、デイルの連れている六人の男はいずれも似たり寄ったりだった。口が堅いという点だけでなく、外見や物腰までよく似ている。
 広い肩と厚い胸を備えた屈強な長身、骨の張り出した野性的な顔。動きは機械のように正確で、冗談の一つも言わず、ちらりと微笑むこともない。デイルの言葉には驚くほど忠実で、どんなつまらない用事もすばやく的確にこなす。
「君たちの組織というのは――」
「そういう質問には答えられない」
 ミハイルが口を開いたとたん、ダグが平静な声で遮った。
「言っておくが、私はM・M・O――人造人間だ。機密に関わることは話せないようにプログラミングされている」
 ミハイルは駒を持ちかけた手を戻し、目の前の男をまじまじと見つめた。ダグは臆することなく見つめ返し、軽い手振りでゲームを続けるように促した。
「それじゃ、ライナーと同じなのか。君のモデルもセクサロイドなのか?」
「そうだ」
「君の連れの男たちも?」
「そうだ」
 この男たちが画一的に見えたわけが何となくわかった。だが、ライナーと彼らが同じ基本モデルから造られているというのは少々意外だった。
 ライナー・フォルツは、人間としてまったく不自然なところがなかった。豊かな表情に旺盛な好奇心、次にどう出るか予測の付きにくい複雑な行動パターン。整った顔には心を惹き付ける温かみがあり、しなやかな体はときに持ち主の思惑を裏切って、物を取り落としたりつまずいたりといった失敗もする。
 その一方で、見た目にも心地よい容姿は、セクサロイドといわれても容易にうなずけるものだった。
 この男たちが特別なのか、それともライナーのほうが特別なのか。知識としては知っていても、現物を目のあたりにすることがほとんどなかったミハイルには、どちらとも判断が付きかねた。
「ライナーは――」
 どこにいるのか、と聞こうとしてミハイルは思い直し、答えてくれる可能性の高そうな質問に変えた。
「元気でいるのか?」
「ああ」
「彼に会いたい。会わせてくれ」
「今は駄目だ」
「いつなら会える」
「目的地に着けば、いつでも」
 それは具体的にいつで、目的地というのはどこなのかという質問には、ダグは例のように口をつぐんだ。ミハイルは視線を落とし、目に付いた駒を無造作に進めた。ダグはそれを見てしばらく考えると、また同じ手で攻めてきた。
 ミハイルには考えていることがあった。それを実行に移すとき、このアンドロイドたちはたいした障害にはならないだろう。たとえるなら彼らは〈卒〉だ。命令に従って一歩ずつ進むことしか知らない。問題は〈女王〉と、それを守る鉄壁の〈城〉だった。〈女王〉を取るには、何とかして〈城〉を攻略し、ライナーの安全を確保しなければならない。
 端整な唇を冷笑の形に曲げて、ミハイルは〈騎士〉を動かし、デイルに見立てたダグの〈女王〉を取った。
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