BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第2章/星を渡る船
− 09 −
「ミハイル!」
 後ろ姿を見かけて呼ぶと、ミハイル・グローモワは振り返り、それとわからないぐらい小さく微笑んだ。
 ライナーは足早に近づき、並んで歩きはじめた。
「もう荷物は積み終わったのか?」
「ああ」
 ライナーの問いにミハイルが答える。いつものことながら、ミハイルからは重労働をしてきたような様子はみじんも感じられない。自分とさほど変わらないこの体のどこに、あの恐るべき力が潜んでいるのかとライナーは思う。
 二人がアンドラス号の一員になってから、もう数か月がたとうとしていた。
 船長を人質にして船を乗っ取ったミハイルは、デイルたちを降ろしたあと、安全なところまで逃げて自分も船を降りるつもりだった。だが船長に引きとめられ、結局その言葉に従うことにした。
「行くところなどありゃせんのだろう」
 老いた船長は、緑色の目をきらきらさせて言った。
「しばらくこの船で働いてみんかね。なァに、どうせこっちも法の網をくぐるような稼業だ。追われる身にとってはいい隠れ蓑だし、わしらにしても、おまえさんのような人手が増えるのは大歓迎だ」
 デイルたちを降ろすときにはひと騒動あった。ライナーが、一緒に行くと言ってきかなかったのだ。
「自分がどんな扱いを受けたかわかってるのか?」
 いらだつミハイルに取り押さえられながら、ライナーはだだをこねるように首を振りつづけた。
「俺の帰るところはそこだけなんだ。そこしかないんだ」
「行かせるわけにはいかない。君が行けば、私が身動きとれなくなる」
 二人のやりとりを、デイルは嘲るような目で見つめていた。
 デイルの部下のアンドロイドたちは、薬で眠らされ、救命艇の座席に別々に縛りつけられた。同じように自由を奪われたデイルは、眠らされる寸前、ミハイルに向かって憎々しげに言葉を投げつけた。
「どこまで逃げても無駄よ」
「三十六時間たつと救難信号が発信されるようにセットした」
 ミハイルは彼女の言葉を無視して言った。
「すぐに誰かが見つけてくれるだろう」
 最後の確認をして救命艇を発射するときも、ミハイルはライナーをドアからひきはがさなければならなかった。
 物理的にはたやすいことだったが、ライナーの顔に浮かんだ頼りない表情を見て、ミハイルは理由のわからない怒りに胸を焼かれた。
 救命艇が見えなくなってしまうと、ライナーはもう何も言わなかった。
 ミハイルとライナーが留まることについては、誰も異議を唱えなかった。船長に対する忠誠心はもちろんだが、ミハイルへの畏れとライナーへの負い目も、それなりに影響したものと思われる。船員たちははじめ、腫れ物にでも触るように接していたが、二人が同じように船長の下で働くのを見て、しだいに緊張を解いていった。
 体調が回復すると、ライナーは見かけ以上に有能であることを証明した。あらゆる場面に対応できるよう教育された彼の知識は半端でなく、船の操縦から機器の修理、調理や遊技にいたるまで何でもこなした。重宝がって誰もがライナーを手元に置きたがり、その様子を見た船長は陰でこっそり口笛を吹いた。
 二人が完全に仲間として受け入れられるようになったのも、ライナーの行動がきっかけだった。
 数人でダクトの修理にあたっていたときのことだ。漏れていた圧縮酸素に溶接の火花が飛んで小爆発を起こした。爆風をやりすごしたあと、一人足りないことに最初に気づいたのはライナーだった。炎の向こうに倒れた人影が見えた。急いで飛びこんでいくと、ひしゃげたパイプに足を挟まれていた男が顔を上げた。赤毛のマレイだった。
 助けを求めようとしたマレイは、相手がライナーだと知るとためらった。だがライナーは迷わなかった。赤く焼けたパイプに両手をかけて引き上げると、マレイが自力で這い出すまで踏みこたえた。知らせを聞いてミハイルが駆けつけたときには、二人で支えあうようにして煙の向こうから現れるところだった。
「無茶をしおる」
 セクサロイド専門医のヨシムネ・サトーは、ライナーの傷の手当てをしながらぶつぶつこぼした。
「おまえさんは、自分のボディがどれほど貴重なものかわかっとらん。いくら治りが早いといっても、生身の体なんだぞ。もう少し気を付けてくれんと――」
 ヨシムネもまた、ライナーの主治医が必要だろうといって、強引にアンドラス号に居座っていた。
 すべてが順調に運んでいるように見えた。そのなかで、ミハイルだけがライナーの変調に気づいていた。
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