BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第3章/運命の手のひら
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 間者は後ろ手に手錠をはめられ、ミハイルと同じ檻に放り込まれた。ミハイルのほうは、最近努めて従順にしているおかげで、首輪以外の拘束は免れている。
 ミハイルはセクサロイドを楽な姿勢で座らせ、見える範囲の血をぬぐってやった。ライナーに似ているのは髪だけで、他の部分は似ても似つかない。切れ長の眼窩を埋めるのは緑色の瞳。顔立ちも体つきも華奢で、いくぶん女性的に見えないこともない。表情から判断する限りでは、年齢的にライナーより少し上だと思われた。
「名前は?」
 短く、ウォンという答えが返ってきた。
「ライナー・フォルツという名のセクサロイドを知っているか?」
 何の反応もない。ミハイルは重ねて訊いた。
「デイル・ホークスという名前に聞き覚えは?」
 ウォンの瞳にたちまち憎悪の火がともった。
「知っているんだな?」
「……デイルの知り合いか?」
 瞳に負けないとげとげしい声が絞り出された。
「知ってはいるが、あいにく彼女とは友好関係にあるとは言いがたい」
 ウォンの顔にはまだ疑わしげな表情が残されていたが、険は消えていた。
「私は何も話さない」
「話さなければ殺される」
 二人の視線が絡みあった。
「ライナーとかいうセクサロイドは、あなたの何なんだ?」
「友人だ」
 ウォンは戸惑ったように視線を落とした。
「私には主人を裏切ることはできない」
 ややあって、ウォンは顔を上げた。
「しかし、あなたが私の主人になってくれるというなら、話は別だ」
 ミハイルはライナーのことを思い浮かべた。
「主人になる、とは?」
「私を抱いてくれるだけでいい」
「抱かれればだれにでも懐くのか?」
 ウォンは薄く笑った。
「いや、これは私たちにとって儀式のようなものだ。そうしてもらうことで、私の精神は安定する」
 ミハイルはしばし、自分たちのいる環境について思いを巡らせた。透明な強化樹脂の外には武器を持った兵士たちが並び、はるか頭上の小部屋では、科学者たちが肉眼とモニターによって常時観察を続けている。
 とりあえず、そのことは忘れることにした。
 ウォンに近づき、手錠をはずしてやろうとすると、彼はそれを断った。
「かまわない。このままやってくれ」
 不審な表情を浮かべるミハイルに向かって、続けて言う。
「私は自由を奪われて無理やり犯された。だから仕方なかった。――そういう状況をつくっておいてもらえたほうが、私はうれしい」
 ウォンの語尾がかすかに震えた。彼にとって、これは非常に苦しい決断だったのだということが、ミハイルにはわかった。ミハイルはせめてもの気遣いで彼の服を慎重に脱がせ、次いで顔をしかめた。
 セクサロイドの体は、一面打撲傷と創傷でむごたらしいありさまになっていた。弱気になったミハイルを逆に励ますように、ウォンは誘惑的な微笑を浮かべてみせた。
「知っているだろう? セクサロイドの体は回復が早い」
 ミハイルは恐る恐る彼の肌に触れた。ふと思い出して尋ねた。
「官能細胞がなくても、セックスはできるのか?」
 ウォンは一瞬きょとんとし、それから弱々しい笑い声を立てた。
「大丈夫、人並みの性感はある。……そうか、あなたのセクサロイドは、官能細胞の植え付けをされていたんだな?」
「そう。組織の命令――直接にはデイルの命令によって」
 ウォンの目が同情で満たされた。彼は不自由な体をひねってミハイルの股間に顔をうずめると、制止の声に耳を貸さず、根元から先端まで慈しむように丁寧に舐めはじめた。
「官能細胞がなくても、あなたを慰めることはできる」
 限界までミハイルを高ぶらせておいて、ウォンはいったん口を離した。彼は永遠の忠誠を誓うように厳かな口調で言った。
「今からあなたは私の主人だ。あなたの命令には何でも従う」
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