BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第3章/運命の手のひら
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「途中で気が変わられても困りますので」
 連行された武装船の中で、ミハイルは風変わりな一室に入るよう促された。窓はなく、天井も壁も床も、弾力性に富んだ乳白色の素材で隙間なく覆われている。足を踏み入れると床がゆっくり沈み、急に重力が増したような錯覚にとらわれた。
 さらに、同じ素材で作られた拘束服を着せられる。
「特殊な衝撃吸収材を使用しているので、あなたの力も通用しません。少々窮屈でしょうが、下船まで辛抱してください」
 男たちはそれだけ言うと慇懃に頭を下げて出ていった。
 ドアが閉まると、室内は眠気を誘うような淡い光で満たされた。天井を覆う緩衝材の向こうに、光源らしいものがぼんやりと透けて見える。水の底か、繭の中から外界を覗いているような光景だ。
 防音効果もあるのか、聞こえるのは自分の呼吸音と心音だけ。首から下を覆う拘束服の中で、試しに身動きしてみたが、なるほど指一本動かすこともできなかった。たいした圧迫感もない代わり、全身の感覚が麻痺してしまったような感じで、自分が力を入れているのかどうかさえ判然としない。はじめて経験する物理的な拘束に、不安と後悔がちらりとよぎった。
 最も確実だと考えて選んだ方法だった。
 ライナーを手元に置いておくだけなら、力ずくで引きとめればいい。そうしなかったのは、それだけでは解決しない問題だと悟ったからだ。ライナーの体が固有信号を発信している限り、組織の手から完全に逃れることはできない。何より、すぐに連れ戻せるはずの彼を、何か月も見逃していた組織の真意がわからない。
 わからないことは他にもあった。ライナーと自分に関わる一切が、わからないことだらけだった。ライナーの本心も、これほどまでに彼に執着する自分の心さえも。
 鍵を握っているのは、ライナーの所属する〈組織〉とやら。あるいは彼らは、こうして自分が協力的な態度に出ることを予想していたのかもしれない。いずれにしても、早晩決着をつけなければならない相手なのだ――。
 梱包された荷物のように転がったまま、どのくらいの時間が過ぎたのか。いつのまにかうとうとしていたミハイルは、何かの刺激にふと目を覚ました。
 あたりはあいかわらず静寂に包まれていた。だが何かが違っていた。空気がどことなく張り詰めているように感じる。振動も伝わらない無音の部屋の中で、ミハイルは息を殺し、全神経を外に向けた。
 突然衝撃が襲い、ミハイルの体は激しい勢いで壁に打ちつけられた。緩衝材のおかげで幸い怪我はない。だが衝撃は二度、三度とくりかえされ、天地の区別もつかないままミハイルはしばらく振り回された。
 部屋ごと、いや船ごと大きく揺さぶられたのだ。何かに衝突したか、それとも砲撃でも受けたのか……。考えられる限りの可能性を思い浮かべたが、どれも歓迎できるものではない。
 強い揺れはそれ以上起こらなかった。船はつかのま小刻みに震え、とまった。ふたたび静まり返るが、緊張感は前にも増して強くなっている。
 遠く、足音らしい物音が聞こえたかと思うと、ドアが開き、男たちの一人が必死の形相で飛び込んできた。
「何があったんだ」
「海賊だ」
 拘束を解きながら、男は手短に答えた。
「動力を壊されて捕捉された。もうすぐこちらへ乗り移って――」
 最後まで言い終わらないうちに男の頭部が弾け飛んだ。ミハイルが頭を起こすと、通路の明かりを背に、武器を構えて立つ人影が見えた。
「見つけたぞ! こっちだ!」
 声を聞いて何人かが駆けつける。だれかが小さなスプレーを取り出し、ミハイルの鼻先に吹きつけた。
 ミハイルは何もわからなくなった。
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