BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第3章/運命の手のひら
− 09 −
 ミハイルの覚醒は徐々に訪れた。
 嗅ぎ慣れない空気。頬に当たる冷たい感触。重い目蓋を上げると、鈍く光る灰色の床が見えた。
 不自然な方向に捻じ曲げられた腕が苦しく、戻そうと力を入れたとたん、強烈な衝撃に見舞われてもう一度意識を失いそうになった。
 周囲で下卑た笑い声が上がり、だれかがミハイルの腕をつかんで引き起こした。
「どんな怪力の持ち主かしらねえが、おとなしくしてたほうが身のためだぜ。へたに暴れると、感電してこういう目にあうんだ」
 両手は後ろに回され、両足はそろえられて、堅牢な枷でがっちり固定されていた。金属の板というより塊のような代物で、継ぎ目はすべて溶接され、いくらミハイルでも簡単には壊せそうにない。そのうえ、一定以上の負荷がかかると、高圧電流が流れる仕組みになっているらしい。
 金属板で覆われた飾り気のない部屋だった。かなり広い。近くに箱がいくつか積み上げられているところを見ると、倉庫か何かだと思われる。
 その箱に腰かけたり、壁にもたれたりして、数人の男がくつろいだ様子でミハイルを囲んでいた。
「……ここは?」
 痺れから回復し、口がきけるようになると、ミハイルはとりあえず訊いてみた。
「船の中さ。我らが海賊船、ニクシー号へようこそ」
 一人が大仰に片腕を伸ばしてお辞儀をした。
「さっきの船は」
「どかーん!」
 別の男が、くわえ煙草のまま両手を広げてみせた。
「俺たちゃ海賊だ。用のない奴は皆殺し。それが礼儀ってもんだ」
 いっそ諸共に吹き飛ばしてもらえたほうが、まだましだったかもしれない。
「それで、私には用があるということか」
「あんたは賞金首なんだよ。あんたを欲しがってる奴がごろごろいてな。今、値段の交渉中だ。……さあて、だれが競り落とすかな」
「取引相手が決まったようだぜ。すぐに飛んでくるとさ」
 それまで隅の方で壁の通信機に向かっていた男が、そう言いながら戻ってきた。
「そう簡単に私を手放してしまっていいのか? 私を独占すれば、その何千倍の利益――いや、惑星単位、星系単位の権力を握ることもできるかもしれないのに?」
「俺たちを丸め込もうたって駄目だぜ」
 くわえ煙草の男が目をすがめて言った。
「あんたの価値は、その体にあるんだろう? そんなもの、俺たちがどうやって利用する? 早いとこ売り払って、現金に換えたほうがいいに決まってる」
 へらへらしているが馬鹿ではなさそうだ。ミハイルは質問を変えた。
「さっき君たちが襲った船だが……どこの船だか知っているか?」
 嘲るような笑いがいっせいに起こった。
「ありゃあどっかの軍の船よ。いやはや、最近じゃあ軍隊も、てんで手ごたえがなくなっちまったねえ」
 ミハイルは黙り込んだ。軍の船ということは、ライナーの所属する組織はどこかの政府に関係しているのだろう。だが、それだけでは範囲が広すぎて特定できない。ライナーの固有信号について、ヨシムネに詳しく聞いておかなかったことが悔やまれた。あの老医師は、まだあの星に留まっているだろうか。いるにしても、まずここから脱出しないことにはどうしようもない。
 船内放送が入り、他船の接近を告げた。待つほどもなく軽い衝撃があり、それに続く揺れがおさまると、ドアが開いて新しい顔がいくつか入ってきた。戦闘服に身を包んだ兵士たちだった。友好を示すために武器は携帯していない。
 兵士たちに続いて、巨大なコンテナが三台運びこまれた。
「約束どおり、エンプシアン鉱石六十トンを用意した」
 海賊たちはコンテナを一つ一つ開いて中を改めた。
「よーし、取引成立だ。連れていけ」
 鉱石と引き換えに、ミハイルの身柄が引き渡された。兵士たちは手際よく彼を連絡船に移し、母船に戻ると全速力で海賊船を離れた。
 ミハイルは操舵室まで運ばれ、スクリーンの見える位置に降ろされた。スクリーンには遠ざかる海賊船の姿が映っていた。と、船の後部からまばゆい閃光が放射状に走り、次の瞬間船は微塵に砕け散った。
「これで、おまえの消息を知る者はだれもいなくなった」
 すぐ脇にいた兵士が淡々と言った。
 ミハイルはごくりと喉を鳴らした。ライナーから、ひどく遠くへ離れてしまったような気がした。
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