BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第4章/過去の亡霊
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 部屋を出ると、ウォンが待っていて、次の場所へとミハイルを案内した。
 国立生体科学研究所――それがこの広大な施設の名称だった。実際、敷地のほとんどが各種の実験室や研究室で占められてはいたが、迷路のような通路の先には、数知れない立入禁止区画が隠されていた。研究所というのは表の顔で、評議会の本拠地ないしは一拠点というのが真の姿なのだろう。
 歩いているうちに、ふとミハイルは、ウォンがうかない顔をしているのに気づいた。もともと表情が豊かなほうではないが、今はとりわけ無表情を装っているように見える。どうしたのだろうといぶかしむ間もなく、先に目的の部屋に到着してしまった。
「ウォン・シェイ少尉です。ミハイル・グローモワ博士をお連れしました」
 ウォンが硬い声で告げると、ドアが開き、中から女の声が言った。
「どうぞ」
 端末に囲まれた書斎のような室内にいたのは、デイル・ホークスだった。
「またお目にかかりましたね、ミハイル・グローモワ博士」
 デイルは冷たい微笑を浮かべ、ミハイル一人を中に招きいれた。
「改めて自己紹介させていただきましょう。デイル・ホークス。生体セクサロイド専門の心理学者です」
 デイルは熱い飲み物を用意してくると、ミハイルと向かいあう位置をとって応接用のテーブルについた。
「評議会から、今回の実験についてあなたに説明するように言われました」
「ライナー・フォルツに関する実験?」
「そうです。たぶんもうご存じでしょうが、ライナーは開発中の最新型M・M・Oでした。彼らには、ミハイルシリーズH一〇〇八五〇七のデータを元にした人格プログラムが組みこまれています。このプログラムの欠点は、非常に不安定だというところであり、元の人格の記憶が再現されたり、自我の発達程度が高すぎたり低すぎたりと、個体によってばらつきが目立つのです。それを制御していくためのデータを採取するうえで、人間的な部分がとりわけ多く発現していたライナーは、またとないサンプルでした。そこへのあなたの登場。研究チームがあなたがたを接触させたがったのも当然といえるでしょう」
 ほぼミハイルが予想していたとおりの説明だった。
「じつは、あなたの存在については、評議会はしばらく前から確認していました。あなたとの接触と実験データ採取のために、まず私が送りこまれ、時機をみてライナーが送りこまれたのです」
「期待したような実験の成果はあったのか?」
「充分にあったと考えています」
「官能細胞の植えつけは?」
「あれも、最初から計画に含まれていたことでした。成体になってから官能細胞を植えつけることによって、情動や能力にどのような違いが出るか。そのデータをとるためでしたが……アクシデントによって、思わぬ方向に転がってしまいました」
 デイルは言葉を切り、カップに口をつけた。
「何もかも実験のため、か。そんなことをして、君たちはいったい、どんなM・M・Oを開発しようとしているんだ?」
「人間よりも優秀で、人間よりも忠実なしもべ。要は、どのように使役してもどこからも文句の出ない奴隷といったところね」
 デイルは嘲るような笑みを浮かべた。
「人類は、人間そのものを奴隷にするのは、あなたたち強化人間で最後にすることに決めたのよ。でも、こんなに虫のいい話がうまくいくと思う? 自分よりも優れたものを思いどおりにしようとするのが、どんなに危険なことか、あなたたちで懲りたはずなのにね」
 ミハイルは戸惑いを覚えて彼女の顔を凝視した。
「君は、M・M・Oの開発に反対なのか?」
「嫌いなのよ」
 ぴしゃりとデイルは言った。
「生理的に我慢できないの。まるきり人間のような形をして、人間のように行動して、人間よりも優秀で――なのに人間じゃない生き物なんて。私がこんな職に就いてしまったのもね、どんなに人間に似せても、セクサロイドは決して人間にはなれないということを証明しようとしていたせいよ」
 ミハイルを送り出すとき、デイルは、戸口に立っていたウォンを一瞥して言った。
「ウォン。今のご主人さまはやさしい?」
「ええ」
 ウォンは簡潔に答えた。
 デイルの研究室から充分に遠ざかってから、ウォンはふたたび口を開いた。
「デイル・ホークスが、私の以前の主人でした」
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