誰かの話し声が、滴り落ちる雫のように聴覚を刺激し、深い眠りに沈んでいた意識をすくいあげた。
唇が開き、溜息のような息が漏れる。
続いて彼は静かに目を開いた。
「気がついたわ!」
急に周囲が騒がしくなり、視界に入れ替わり立ち替わり見知らぬ顔が現れた。
「気分はどうかね?」
男の一人にきかれ、彼はぼんやりその顔を見つめた。それから顔をしかめ、のろのろと周囲に視線を走らせた。
見覚えのない部屋。用途のわからない機器類が壁際のスペースのほとんどを占め、数人の男女が、壊れものでも見るような目で自分に注目している。
「――ここは?」
問いかけて、自分の声に違和感を覚えた。聞き覚えのない声。まるで他人の声のようだ。
身じろぎすると、さらに変調を感じた。体が思うように動かない。精神と肉体が微妙にずれているような不快感。
「……なぜ……」
状況が呑みこめず、思ったままを口に出した。
「私は死んだはずだ――」
「ライナー?」
黒髪の女がいぶかしむような声を上げた。
「どうしたの、大丈夫?」
質問の意味がわからない。
混乱を鎮めようと左手でこめかみを押さえ、ぎょっとしてその手を見つめた。
これは誰の手だ?
恐る恐る手を伸ばし、手のひらから肩にかけて視線を走らせる。
見覚えのない手は、確かに自分の体につながっていた。だが、この肩も、胸も――
飛び起きようとすると、数人がかりで制止された。
「まだ動かないほうがいい……気分がよくないのかね? 頭痛や吐き気は?」
「ちょっと待って、もしかして――」
ほかの者を押しのけて、黒髪の女が身をのりだした。
「あなた……自分が誰なのかわかる?」
彼は眉をひそめた。
なぜそんな質問をする? なぜ、そんなわかりきったことを――。
「私は――」
彼は、急速に自信が揺らぐのを感じながら、その名を口にした。
「ミハイルシリーズH一〇〇八五〇七だ」