BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第4章/過去の亡霊
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 ウォンへの尋問は数日にわたって行われた。
 その一部始終を、ミハイルも直接見聞きすることができた。ウォンが、告白の条件として、ミハイルの同席を求めたからだった。
 尋問にあたったのは、副官のユージン。場合によっては極秘扱いになるかもしれないということで、徹底して人払いされ、狭い室内に三人だけという状況だった。
 楕円形のテーブルの一方の端にユージンがつき、反対側にミハイルとウォンが並んでいる。ミハイルの首輪のほかは、二人ともとくに拘束はされていない。ミハイルは初めて衣服の着用を許され、久しぶりに人間に戻ったような気がしていた。
「――では、メリア共和国には二つの政府が存在するというわけか」
「そうだ。表向きの政府は飾りにすぎない。実際に政権を握っているのは、評議会と呼ばれる組織で、諜報部はその命令で動いている」
「その評議会というのは、実体のある機関なのか? それとも、必要なときに、メンバーが連絡を取りあうしくみなのか?」
「実体はない。だが、メンバーの大半は、公的な共和国政府の構成員でもある」
 ミハイルの進言できちんとした治療を受けたウォンは、M・M・O特有の驚異的な速さで回復しつつあった。本調子を取り戻した彼は、経験豊富な諜報員にふさわしく、最初の印象よりもずっとしたたかに見えた。
「ずいぶん詳しいんだな」
 ずっと黙って聞いていたミハイルが口を挟んだ。
「私の知っているM・M・Oは、自分の所属する組織の正体も、所在地も知らないようなことを言っていた」
「たぶんそのM・M・Oは、開発途中の試作型なのだと思う」
 ウォンは少し思案して答えた。
「我々のような実用型とは別に、軍に所属せず研究所で管理されているM・M・Oたちがいる。彼らは必要最低限の情報しか与えられず、データを集めるために特殊な実験をされていると聞いたことがある」
「おまえを含め、スパイとして告発されたセクサロイドたちは、流通しているセクサロイドと違って、知能も感情もずいぶん発達しているようだ。何か特別なプログラムでもあるのか?」
 ユージンのこの問いには、ウォンはすぐに答えた。
「我々には、実在した人物の人格が移植されている。個人的な記憶はないが、喜怒哀楽のパターンなど基本的な情動は、ほぼ完璧にモデルの人格を再現しているということだ」
 ユージンとミハイルは思わず顔を見合わせた。ユージンが言った。
「それは……人道的にいろいろ問題がありそうだが。モデルとなった人物が誰なのかは、知っているのか?」
「名前だけなら知っている。絶滅した強化人間の最後の個体、ミハイルシリーズH一〇〇八五〇七だ」
 ほかの二人はふたたび顔を見合わせることになった。沈黙ののち、口を開いたのは、こんどもユージンだった。
「ウォン、隣の男の顔を見るのは、ここに来てからが初めてか?」
 ウォンはきょとんとした表情を浮かべてミハイルに目をやり、ふたたびユージンの方を向いた。
「初めてだと思うが」
「正しくは、その男が強化人間の最後の個体だ。ミハイルシリーズH一〇〇八五〇七の、おそらく唯一のクローンだろう」
 こんどはウォンが沈黙する番だった。
「感慨深いものはあるが」
 ややあってウォンは言った。
「結局私には関係ないことだ。同じ個体の要素を受けついでいるといっても、彼の場合は遺伝的形質だけ。人格的にはまったく別個のものだ」
「だが、人格は肉体と密接なかかわりがあるといわれている。肉体的特徴が、人格の一部を形成するというのは、ほぼ確実なことなんだろう? グローモワ博士」
 不意にそんな呼び方をされて、ミハイルは憮然とした。
「そうはいっても、個々の肉体を持っているかぎり、まったく同じ人格になることはありえない。遺伝子に左右される性格も確かにあるが、同じ環境で育った一卵性双生児でも、成長にしたがって異なる個性をもつようになる。ましてやこの場合――ボディはセクサロイドのものだ。それこそ、肉体の性質によって、元の人格は変質してしまうだろう」
 そう答えながら、ミハイルは頭の中で別のことを考えていた。
 では、ライナーの所属する組織――評議会が、彼を自分と接触させたのは、人格モデルにかかわる何らかの実験だったのだろうか。そして、自分がこれほどライナーに惹かれるのは、彼の中に自分と同じ形質を認めたからだろうか。
 やがて尋問の内容はほかの話題に移っていったが、ミハイルの思考はいつまでもそこにとどまっていた。
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まろやか連載小説 1.41