BL◆MAN-MADE ORGANISM
TOPINDEX BACK NEXT
第4章/過去の亡霊
− 06 −
「取引をしないか」
 尋問用の小部屋で、ユージンはそう切り出した。
「おまえたちを解放しよう。その代わり、我々に協力してほしい」
 ミハイルは黙っていた。ウォンは、何があろうとミハイルに従うという態度で、同様に何も言わなかった。
「正確には、解放というのとは若干異なる。我々はおまえたちをメリア共和国に送りこむ。そこで得た情報を、細大漏らさずこちらに流してほしい」
「どういう風の吹きまわしだ」
 ミハイルは用心深く言った。
「私をおもちゃにするのにはもう飽きたのか。思ったよりたいしたことがなかったので、がっかりしたか?」
「いや、予想以上にたいしたものだったよ。あまりにもけたはずれで、この目で見なければ信じられないくらいだった。……だが、利用価値はないな。今の時代、必要なことはほとんど機械が完璧にやってくれる。戦争でさえも。いくら優秀とはいえ、自由意思で動く強化人間など、リスクもコストもかかりすぎる。実際問題として、強化人間の処分を決定した先人たちの判断は、賢明だったといわざるをえないだろうな」
 ミハイルが反応を見せないでいると、ユージンはたたみかけるように言った。
「もちろん、私も同様におまえの処分を決定することができる。そうすべきかもしれない。だが私は、できればそうしたくない」
「脅迫か、懐柔か。いずれにしても、私に選択の余地はないようだが?」
「そう突っかかるな」
 ユージンは微笑を浮かべた。
「今までの扱いを考えれば、無理もないと思うがな。それについては充分な埋め合わせを約束しよう。シームルグにいるおまえの養父を、評議会の手から安全に守ってやる。事が終われば、おまえに我々の市民権を与えてもいい。そうすればどこへ行くのも自由だ。シームルグに戻って研究を再開することもできるし、よそへ行っても、我々の後ろ盾があれば、これ以上わずらわしいことに巻きこまれることはない。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「簡単に言うが、あなたたちには、それほどの力があるのか?」
「――ディーナ・シー。そう言えばわかるかな?」
 ミハイルは片方の眉を吊りあげた。わかるどころの話ではない。ディーナ・シー連邦といえば、人類の到達した宇宙の十分の一を占めるほどの巨大勢力であり、おそらく宇宙一の軍備を誇る軍事大国だった。
「協力を拒んで、このまま処分されたほうが楽なような気がする」
 大きく溜息をついて、ミハイルは本心から言った。ユージンは声を立てて笑った。
「大樹の陰に寄るのも、悪いことばかりではないさ。今のおまえは、この広い宇宙でたった一人。周りじゅうから狙われて、この先どうやって切り抜けていく? 味方につければ、我々ほど頼りになる者はいないぞ」
 ユージンの言葉は、ミハイルの上に重くのしかかった。たった一人。いくら人間離れした肉体をもっていても、個人としての自分はあまりに無力だ。長く囚われの身となっている間に、そのことはいやというほど実感した。
 それにこれは、ライナーに再会できる唯一の機会かもしれなかった。
「メリア共和国に行ったとして」
 ミハイルは覚悟を決めて口を開いた。
「私は評議会にも追われる身だ。ここでと同様、捕らえられて閉じこめられるかもしれない。あるいは、すぐに処分されるかもしれない。したくても協力できない状況に陥ってしまう可能性は高い」
 ユージンは真顔に戻って言った。
「少なくとも、殺されることはないとみている。我々がつかんだわずかな情報によれば、メリア共和国の周辺では、生きたままのおまえに賞金がかけられているらしい。……とはいえ、確かにこれは自殺行為かもしれない。それでも、協力してもらえるだろうか」
「完全に信用するわけではない」
 ミハイルは挑むようにユージンの目を見返した。
「だが、取引に応じよう」
TOPINDEX≫[ 読んだよ!(足跡) ]
まろやか連載小説 1.41