BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第4章/過去の亡霊
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 ミハイル‐H一〇〇八五〇七は、すぐに混乱から立ちなおった。
 処分を宣告され、永遠の眠りについたつもりが、気がつくとふたたび現世に戻っていた。しかもどういうわけか、ライナー・フォルツと呼ばれるセクサロイドの体の中に。
 二十数年間、ライナーとして生きてきたはずの記憶はない。セクサロイドの体にもなじめなかった。美しく機能的なボディだが、ミハイル‐Hの記憶にある速さや力を引き出すには充分でない。
 それでも彼は現状を受けいれた。同時に、用心深く口をつぐんだ。
「思い出せることを、どんなことでもいいから全部話してみて」
 生体セクサロイド専門の心理学者だというデイル・ホークスの質問にも、あたりさわりのない範囲で適当に答えた。
 ミハイルシリーズの後期に出てきた高性能型――High-poweredタイプの一人として生まれたこと。ミハイルシリーズだけで編成された特殊部隊に配属されてまもなく、強化人間の排斥運動が高まり、追われる立場になったこと。仲間たちが次々に死んでいき、わずかに残った数人とともに自分も捕らえられたこと。辺境の流刑星に送られ、やがて処分されたこと。
「かなり詳細に、系統立てて覚えているようね」
 デイルは黒い目を輝かせて言った。
「ではあなたは、自分はミハイルシリーズH一〇〇八五〇七だと確信しているのかしら?」
「確信とは違う」
 ミハイル‐Hは言葉を探した。
「そうとしか思えないだけだ。だが、姿かたちは別人で、それもセクサロイドだという。脳移植も不可能ということなら、ここにいる私は、H一〇〇八五〇七の記憶を持っていても、H一〇〇八五〇七ではないということになる」
「H一〇〇八五〇七の記録にあるとおり、理性的で順応性が高いのね。……そう、あなたは正確にはH一〇〇八五〇七ではない。H一〇〇八五〇七の人格パターンを組みこまれた人造生命体――M・M・Oなのよ」
「私がこういう状況にあるのは、研究の一環、というわけか?」
「あなたが目覚めたのは、事故の副産物だったのよ。M・M・Oに知性や感情を与えるプログラムは複雑すぎて、長い間誰も完成させることができなかった。そこで代案として、すでにあるデータをプログラムに流用してみることになったの。選ばれたのがH一〇〇八五〇七のデータ。実験は成功し、人間とほとんど変わらないM・M・Oが量産できるようになった。でもこれまで、H一〇〇八五〇七の記憶が再現されるようなことはなかったわ」
 デイルは言葉を切り、好奇心にあふれる目でミハイル‐Hを遠慮なく見つめた。
「あなたの場合、予想外の出来事が起こったの。セクサロイド用の官能細胞を植えつけている過程で、過剰な刺激が与えられたため、官能細胞が異常に増殖してしまった。通常なら神経系を冒されて機能不全に陥るところが、驚くべきことに、官能細胞が人工の神経系を駆逐して自ら神経系を再生した。たぶんこのとき、記憶をつかさどる部分が、とりちがえられるかどうかしたのね」
 ミハイル‐Hは、説明を頭の中で吟味し、整理してからきいた。
「では、今はいつで、ここはどこなんだ?」
「本当のH一〇〇八五〇七が処分されてから、ちょうど五三年になるわ。ここはメリア共和国の中心――地球よ」
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