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第5章/いくつもの未来
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 セルゲイ・グローモワの顔を見るのは、ほとんど二年ぶりだった。
「元気そうでよかったよ、ミハイル」
 通信装置のモニターに映るセルゲイは、別れたときより十歳ぐらい老けてみえた。それでも彼は、あいかわらずかくしゃくとした老人だった。
「おまえが行ってから、研究のほうはそれほどはかどっていない。だが学生たちに教えることは山ほどある」
 ミハイルは、かつては逃れられない鎖のように感じていた養父の顔を、まったく穏やかに、非常な懐かしさをもって眺めた。
 思えば自分は、アータルの郊外にあるあの白い屋敷から、なんと遠くに来てしまったことか。
 それは単に距離的な事実だけでなく、精神的な意味合いにおいてもだった。
 ライナーと出会い、惑星シームルグを出てからは、休む暇もないほどすべてがめまぐるしく変化した。このそう長くはない期間のうちに、ミハイルは否応なく叩かれ、鍛えられ、成長していた。
 そうした内面の変化が、知らず知らず外にも表れていたのだろう。セルゲイは深い溜息をつき、さびしそうに微笑した。
「変わったな。おまえにはもう、わしなど必要ないようだ」
「私は今、地球の研究施設で手伝いのようなことをしている」
 ミハイルはあたりさわりのない近況報告をした。
「セクサロイドのライナー・フォルツを覚えているだろうか。あれからいろいろあって、結局彼もいっしょにいる」
 一瞬、ミハイル‐Hのことを伝えたい衝動に駆られたが、かろうじて思いとどまった。それについては、もし生き延びることができれば、これからいくらでも言う機会はある。
「シームルグにいたときは、自分が地球に行くことになるなど思いもしなかった。ここは生物学者にとって神秘の宝庫だ。資料や標本でしか見ることのできない生き物たちを、直接研究することができる。それに――」
 ミハイルは、できるだけ不自然にならないよう、重要でもないことをだらだらと引き延ばして話しつづけた。
 今日やっとセルゲイに連絡したのは、ただ無沙汰を詫びるためでも、もしかしたら最後になるかもしれない挨拶をするためでもない。シームルグへの通信に紛れて、ユージン・メリエスに連絡をとるためだった。
 巧妙な暗号文を、知らない者にはノイズとしか捉えられない信号に変換して、通常の通信に重ねて送信する。ユージンのほうでは、セルゲイ宛ての通信をすべて傍受しているので、いつでも暗号文を受け取ることができる。メリア共和国への潜入に先立って取り決めておいた通信方法であり、ミハイルはそのために必要な知識を、自分の記憶の中にのみ保存していた。
「ではセルゲイ、また連絡する」
 通信を終え、緊張を解いて椅子の背によりかかる。後ろからライナー・ミハイル‐Hの腕が巻きつけられ、耳朶を甘く噛まれた。
「上々だ、ミハイル」
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