BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第5章/いくつもの未来
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 銘々に割りあてられた乗組員用の個室で、ライナーは一人、眠れない気分をもてあましていた。
 ミハイルのところへでも行こうかと考えたちょうどそのとき、誰かの来訪を告げるブザーが鳴った。
 ミハイルだった。
「眠れなくて。入ってもいいか?」
 現れた彼は、汚れを落としてさっぱりしてはいるものの、どこか落ち着かない様子で、途方に暮れたような顔をしていた。
「終わったことがまだ信じられないんだ」
 彼は弁解するように言った。
「本当にすべて片付いたんだろうか。何か大事なことを忘れているような気がしてしかたがない」
「大きなことがあったあとには、誰でもそんなふうに感じるものさ」
 ライナーはミハイルを寝台の端に腰かけさせ、熱い飲み物を勧めた。
「俺だってそうだ。体は疲れて休みたがっているのに、頭は不必要に働きたがっている」
 ミハイルは飲み物に口をつけながら、じっとライナーを見つめた。
「君は変わったな」
「そうか? あんただって変わったよ」
「そうかな?」
 ライナーは、見慣れた相手の顔を見返した。
 かすかに色づいた金色の髪、薄い青灰色の瞳、彫刻のような鋭い顔立ち。前世ともいえる人生の中で、ライナーは、同じ顔をした何人もの同胞に囲まれ、自分自身も同じ顔を持っていた。当時も彼はその一人一人を見分けることができたが、今目の前にいるミハイルは、やはりその中の誰とも違う。
「俺が言うのもなんだが」
 ライナーは、目元に笑みをにじませながら言った。
「あんたはずいぶん柔らかくなって、人間らしくなった」
 ミハイルは心外だという顔つきをした。
「昔の私は、人間らしくなかったのか?」
「そうだな。少なくとも、昔はそんなに表情豊かじゃなかったことは確かだ」
 ライナーは、ミハイルの隣に腰を下ろし、誘惑するように顔を寄せて囁いた。
「俺はどんなふうに変わった?」
「君は……」
 ミハイルは適当な言葉を探して言いよどみ、結局こう言った。
「なんというか……図太くなったよ」
 ライナーは声を立てて笑い、ミハイルの首に腕を巻きつけた。
「さっきは、ぐっすり眠ってから抱きあおうと言ったけど、予定変更して順番を逆にしないか?」
「それはいいが」
 ミハイルは軽く唇を触れあわせてから、ライナーの背後を顎で指し示した。
「さっきから気になっていたんだが、あれ……地球外への持ち出しは禁止だって、知ってたか?」
 ミハイルの示した先には、水槽の中でよちよち歩いている二匹の小さな亀がいた。
「細かいことは気にするなよ」
 ライナーは、ミハイルの首筋に唇を押しあてながら答えた。
「何か問題があるなら、こいつらの死亡届もいっしょに出してもらうさ」
「図太いうえに、大雑把にもなったな」
「すごく人間らしいだろう?」
 にやっと笑ったライナーに、ミハイルもにやりと笑い返し、唇でその口をふさいだ。
 そして二人は、それからしばらく亀のことは忘れた。


【本編完】
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