BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第5章/いくつもの未来
− 07 −
 通路は静まり返っていた。
 この広大な施設では、平素からものものしい警備は行なわれていない。今は偽の情報によって沈黙している監視カメラや警報装置の間を、二人は誰にも見とがめられることなく進んでいった。
 とある立入禁止区域の隔壁の前で、ミハイル‐Hは足をとめ、しばらくそこで端末に向かって何やら複雑な作業をしていた。
 やがて音もなく隔壁が上昇し、人が腹ばいになって通り抜けられるだけのすきまを開けてとまった。
 ミハイル‐Hが通れというように顎をしゃくり、ミハイルは自由のきかない体でどうにかその下をくぐった。すぐにミハイル‐Hも続いてきて、元どおり隔壁が閉じられる。
 淡い照明の中に浮かびあがった光景は、隔壁の向こう側とは一変していた。素材がむきだしになった実用本位の壁面。通路に沿って並んだドアのほとんどに、《危険》《取扱注意》《立入制限》など穏やかでない文字が書かれている。研究施設というより軍事施設のような雰囲気だった。
 ミハイルが案内されたのは、ドアに何も書かれていない部屋だった。
 足を踏み入れると、ずらりと並んだ巨大な容器が目に入った。容器は縦長の円筒形をしており、透明で、それぞれ中に何かが入っているのが見えた。
 輪郭のはっきりしない肉色の物体。
 それが何なのか悟った瞬間、ミハイルは反射的に息を詰めた。
 入っていたのは、まだ尾のある人間の胎児だった。隣も、その隣もまったく同様だった。よく見ると、容器の列ごとに成長過程が少しずつ違う。奥へいくほど成長が進み、見通せる最も奥では、十代前半ぐらいの子どもになっていた。
「クローン培養槽……!」
 思わず声を上げると、ミハイル‐Hが顔を寄せてきて囁いた。
「そうだ。そしてこれらはすべて、ミハイルシリーズ――正確には、ミハイル・グローモワ、君のクローンだ」
 ミハイルは言葉を失い、助けを求めるように連れを振り返った。
「もちろんこれは、君の仲間を増やしてやろうなどという親切心から行なわれたものではない。このクローニングは、おそらく、君がここへ来た直後から開始されている。現代の成長促進技術なら、あと数か月もしないうちに、最初のクローンたちが完全な成体にまでなるだろう」
 ミハイル‐Hは、異様に静かな口調で言った。
「実は、現存する強化人間たちは、生物としての袋小路に入ってしまっているのだ。ここ十数年の間に、彼らの平均寿命は一気に短くなり、出生率も著しく低下した。彼らの遺伝子は特化しすぎて、もはやふつうの人間との交配も望めない。しょせん強化人間は、人間の手によって造り出された奇形の生き物。種として成立するには、もともと個体数も少なすぎたのだ。……彼らが絶滅に向かって手をこまねいているときに、君の存在が確認された。彼らは飢えたハイエナのように君に群がった」
「私の存在が……彼らにとって、どんな意味を持つというんだ……?」
「どんな意味でも持つさ」
 ミハイル‐Hは嘲るように言い、部屋全体を示すように大きく手を振ってみせた。
「さしあたってはこのクローンたちだ。彼ら自身の体は、たとえクローニングしても、脆弱すぎて困難な手術には耐えられない。だが君の体は違う。この頑丈な体に、彼らの脳を移植して、ちょっと顔を整形してやったらどうだ? 彼らは手軽に、うまくいけばあと数十年はもつ健康な肉体を手に入れることができる。臓器移植をしたっていい。長期的には、このクローンたちを使って、延命や新たな交配についての研究をすることも可能だ。おまけに君は、研究者としての知識を総動員して、自ら彼らの手助けをしてくれるというご親切ぶりときたものだ」
 ミハイルは何も言えなかった。考えるべきことがありすぎて、すべてを把握し判断をくだすためには、時間が必要だった。
 だがミハイル‐Hは容赦なく彼に選択を迫った。
「このままでは、彼らはふたたび息を吹き返してしまうかもしれない。私の計画にとって、君はどうしても邪魔な存在なのだ。だが、君にもチャンスをやろう。私に協力するか、彼らとともに滅びるか、どちらかを選びたまえ」
 ふいにミハイル‐Hの表情が緩み、彼の手が気遣うようにミハイルの方に伸ばされた。
「ミハイル」
 ライナーの口調だった。
「俺はあんたを殺したくない。だから協力してくれ」
 ライナーはミハイルの両肩をつかみ、潤んだ目で見つめながら顔を寄せてきた。
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