第3章/運命の手のひら − 【08】

「こちらならきっと、お客さまのお気に召すこと請け合いでございますよ」
 必要以上にへりくだった口調で商人が言った。同時に、檻を覆っていた布が取り払われ、眩しい光がライナーの目を射た。
「特別なルートから仕入れた一点ものでございます。どうです、この表情。人間とまったく見分けがつきませんでしょう? ボディにも特殊な加工が施されていて、外側からの検査ではセクサロイドだと見破ることはできません。知能は高く、感情も豊かで――」
 商人の口上を聞き流しながら、ライナーは相手をよく見ようと床から体を起こした。首輪につけられた鎖が冷たい響きを立て、途中で彼の動きを制限する。
 上流階級を対象とするセクサロイド専門店。店内でもひときわ奥まったところにある別室だった。室内を埋め尽くす華美な調度品の中央に、鳥かごを模した金色の檻があり、その中にライナーは全裸でつながれていた。
 客は、見事に肥え太った中年の男だった。およそ機能的とは思えない衣服を幾重にも体に巻きつけ、これみよがしに大きな宝石をあしらった装身具をいたるところにぶらさげている。成金の誇張されたイメージそのままの姿を目の前にして、ライナーは不謹慎にもにやにやしそうになった。
「いくらだね」
 商人は法外な値段を言ったが、客は眉一つ動かさなかった。
「けっこう。では、さっそく連れていってもかまわないだろうか」
「ええ、そりゃもう、もちろんでございますとも。本当にお客さまは運がよろしゅうございますよ。これはつい先ほど入荷したばかりでございまして、一足遅ければ――」
 商人はしゃべり続ける合間に檻を開け、鎖をはずしてライナーを外に出した。豪奢な飾り枷を両手にはめ、フードつきのマントで全身をくるんでから、恭しい身振りで枷の鍵を客に差し出す。
「暴れたりするようなことはございませんが、よく懐くまでは、つないでおいたほうがよろしいかと存じます」
 客の連れてきた従者に付き添われ、ライナーは新しい主人のあとについて店を出た。
 自宅での三日間の休養のあと、何事もなかったようにライナーは元の仕事に復帰した。長期の不在について報告を求められることはなく、世間話のついでに詮索されることもなかった。ライナーもあえて触れようとはせず、これまで以上に仕事に専念した。
 緊張を強いられる血なまぐさい仕事に従事している間は、余計なことを一切考えずにいられる。事務的に計画を進め、ためらいなく引き金を引いたあとは、これまでのように感情が揺らぐこともなかった。
 仕事の内容で変わったことといえば、セクサロイドとしての機能を使う機会が増えたことだ。あるときは男娼を装い、あるときは退屈した金持ちになりすまし、肌を合わせて標的を油断させる。それに伴って、暗殺行為そのものよりも、密偵や囮の役目をはたす比重のほうが大きくなっていった。
 今回の任務もそうだ。
 ライナーを買った客、マリオン・カポンは、連邦の政財界に幅広いコネを持つ大富豪であり、たいへんな好色家であることでも知られていた。彼の秘密の館では、過激なセクサロイド・ショーを含め、ありとあらゆる淫靡な行為が日夜くりひろげられており、各界の大物がお忍びで多数出入りしているといわれる。
 そのリストの中に、標的である某惑星の大使の名前があった。参加の頻度は非常に低い。記録を見ると、どうやら特別な出し物があるときだけ顔を出しているらしい。ライナーの任務は、マリオンの館に潜入して大使が現れるのを待つことだった。標的が確認されしだい、ショウたち捕獲要員が動く手はずになっている。
「ほう、ほう、思ったとおり


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