BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第5章/いくつもの未来
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     * * *


 かすかな違和感。そして閉塞感。意識の底の警報に呼び起こされ、ミハイル・グローモワは突然目を覚ました。
 同時に、自分がすでに手も足も出せない状態にあることを知った。
 ぴくりとも体が動かない。声も出せない。寝台の上で仰向けになったまま、かろうじて自由になるのは目だけだ。
 照明はついていないが、自分の部屋だということはわかった。
 傍らに誰かがいる。
 だが、視界からわずかにはずれているため、輪郭もつかめない。
「他愛ないものだ」
 聞き慣れた声が言った。
 ライナー――いや、ミハイル‐Hだ。
「訓練を受けていなければ、High-poweredタイプもたいしたことはないというわけか」
 視界にライナーの顔が現れ、至近距離で囁かれた。
「大声を出さないと約束すれば、口だけはきけるようにしてやる。了解なら、まばたきを一度しろ」
 ミハイルはゆっくりまばたきをした。
 首筋にちくりと痛みが走り、ふいに喉の筋肉が楽になった。
「鍼麻酔の応用だ」
 ミハイル‐Hは、糸のような長い針を見せ、念を押して言った。
「これで急所を刺すこともできる。忘れるな。……今、この部屋および周辺の監視装置には、一時的にダミーの情報を流している。私のボディの発信機能は無効になっている。ウォンは、ショウに呼び出されてしばらく戻ってこない」
「……生きていたのか」
 こんな状況でありながらミハイルは、ミハイル‐Hの意識が消えていなかったことを知って、何となくほっとしていた。
「危ないところだったがね」
 ミハイル‐Hは、針を構えたまま、用心深く寝台の端に腰を下ろした。
「デイル・ホークスの趣味か実験か、拷問と称して六人がかりで強姦されたよ。官能細胞の体感は私の想像を絶していた。途中でライナーが目覚めなかったら、間違いなく狂うか消えるかしていただろう」
「デイルはM・M・Oを憎んでいるんだ」
 ミハイルは言い、急に不安になって尋ねた。
「ライナーは?」
「心配ない、今は後ろに下がっているだけだ。もっとも、この私もライナー・フォルツであることに違いはないのだが。私の人格と記憶の上に、ライナーとしての人生が重ねられている。本来それは連続しているものだが、認識に差がありすぎて、今はまだうまく統制がとれない」
「今までずっと、ライナーの意識の陰に隠れていたのか。まったく気がつかなかった」
「苦労したとも。気づかれたら、永久にチャンスを失ってしまうからな」
「チャンス?」
「計画を実行するチャンスだ」
 ミハイル‐Hは声を落とした。
「私は、強化人間の歴史に終止符を打つつもりだ」
 すぐには意味が理解できなかった。ミハイルはしばらくその言葉を吟味し、結局呑みこむことができずに質問した。
「なぜ。何のために?」
「さて――陳腐な言い方をすれば、復讐のため、というところか。彼らは、私という過去の亡霊を呼び覚ました代償を払うのだ」
「復讐?」
「そう、復讐だよ」
 ミハイル‐Hは陰鬱な笑みを浮かべた。視線がそれ、その双眸が、今ここには存在しない光景を追って揺れはじめる。
「きっかけは、強化人間の一部隊による反乱だったと聞く」
 彼は低い声で語りはじめた。
「当時、強化人間は使い捨ての道具にすぎず、武器も食料もろくに与えられないまま、次々戦闘に駆り出されていた。反乱はいわば人権運動の一つだった。反乱部隊は、人間側に甚大な損害を与えたのち、鎮圧された。人間はそこで初めて、自分たちがいかに危険な爆弾を抱えているかということに気づいた。強化人間に対する排斥運動が始まり、やがて人間たちは、強化人間の完全な抹殺を決定した。私たちは追われ、一人残らず捕らえられて処分された」
 ミハイル‐Hの視線が戻り、何かを訴えかけるようにミハイルを凝視してきた。
「だが、この話には裏があった。すべては、少数派である生殖可能な強化人間たちの謀略だったのだ。彼らは、人間に使役されるうちに、自分たち強化人間こそが優れた新しい人類であり、旧人類に代わって世界を支配するべきだと考えるようになった。外から見たかぎりでは、彼らはふつうの人間と見分けがつかない。彼らは人間たちに紛れて支配権を握った。そして、自らの保身のため、ひそかに強化人間の排斥運動を支援し、クローンたちの抹殺を指示したのだ。人類を脅かす強化人間は絶滅したと安心させ、自分たちの身を永久に安全圏に置くために。――すべてを知ったとき、私はたった一人、辺境の惑星で囚われの身だった。私はもはや、運命に逆らおうとは思わなかった」
 沈黙があたりを支配した。
 ミハイルは、言うべき言葉が見つからず、ただじっとミハイル‐Hの顔を見つめていた。何度も逡巡したのち、ようやく沈黙を破った。
「その話が本当だとして――いや、本当なら、なぜ今になって復讐など考えるんだ? 君が生きた時代から、すでに半世紀の時がたっている。とっくに世代交代がなされているし、今も彼らが同じ考えとはかぎらない……現に今、こうして私は受け入れられ――」
「おめでたい男だ!」
 ミハイル‐Hは吐き捨てるように遮った。
「受け入れられたなどと、本気で思っているのか? 君は利用されているだけだ」
「まさか――」
「証拠を見せてやる!」
 ミハイルは乱暴に引き起こされ、すばやく手足に針を刺された。失われていた感覚がじわじわと戻り、ぎこちないながらも自分で動かせるようになる。
「痺れは残っているが、歩くのに支障はないはずだ。もちろんその状態では私を倒すことはできない。――さあ、来い」
 促されるまま、ミハイルは寝台を下り、ふらつく足どりで部屋を出た。
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