第2章/星を渡る船 − 【06】

 個室のドアが壊れんばかりに激しく連打されたとき、デイル・ホークスは食事を終えて一息ついているところだった。
「何か?」
 汗だくになって息を切らしている初老の医師を上から下まで眺めてから、デイルは自分の時間を邪魔された不快感を隠そうともせず、つっけんどんに聞いた。
「たいへんだ! あのセクサロイドが―」
 様子を見ようと医務室を訪れ、ドアが施錠されていることを知った医師は、中で何が行なわれているかを察して慌てて呼びに来たのだった。
「細胞がまだ安定していないんだ! 今そんなことをしたらめちゃめちゃになる、やめさせてくれ!」
 デイルの顔からわずかに血の気が引いた。
「ゴードン!」
 通路で見張りをしている部下の一人を呼ばわる。
「ダグを呼んで! 全員医務室へ行くのよ! 早く!」
 言いながら自分も部屋から飛び出したデイルは、真っ先に船長の部屋に駆けつけてドアを叩いた。
「船長! あなたの部下がとんでもないことをしてくれたわ! 急いで医務室まで来てちょうだい!」
 気配はあるが、返事はない。デイルは舌打ちすると一言残して走りだした。
「医務室の鍵を壊すわよッ!」
 自分の部屋に取って返し、銃を持つとふたたび外へ飛び出した。医務室にたどりつくと、セクサロイドの専門医がわめきながらドアを叩いていたが、デイルの忠実な部下たちはそれを遠巻きにして眺めていた。
「何をぼさっとしているのよ! 早く開けなさい!」
 叫びながらドアに向けて銃を連射する。だが思った以上に頑丈な造りになっているらしく、表面に弾がめりこんだだけでびくともしない。
「開けなさい! 開けなさいったら!」
 ドアを叩いて叫んでいると、ふいに後ろから肩をつかまれ、有無を言わせぬ力で押しのけられた。
「私が開ける」
 ミハイル・グローモワだった。
 作り物のように整った男は、すらりとした指をドアの隙間にかけ、試すように揺さぶった――ように見えた。次の瞬間ドアは室内に向かって倒れ、彼はそれを踏み越えて中に入った。
 倒れたドアの向こうでは、数人の荒くれ男たちが、目を丸くしてこちらを向いたまま硬直していた。
 その中央に求めるものを見つけたミハイルは、黙ってそこに分け入ると、正体のないライナーの体を抱き上げ、彼をつないでいた鎖を素手で引きちぎった。
「どういうことだ」
 青灰色の目をデイルに向け、冷ややかな声で問いただす。
「知らないわ」
 デイルは硬い声で答えた。
「そいつらに聞いてちょうだい」
 名指された男たちは全員、今見たものが信じられないという顔をしたまま身じろぎもしない。
「君は、私が協力的ならライナーを不快な目には遭わせないと言った」
 そう言ってミハイルは、一歩デイルに近づいた。
「私は遭わせていないわ」
 デイルは一歩下がった。
「だが鎖につないだのは君だろう?」
 ミハイルはもう一歩進んだ。デイルはまた下がった。
「組織の指示どおりにしただけよ。彼は命令に違反したわ。当然の処置よ」
 さらに詰め寄ろうとしたミハイルは、そこで腕の中の異状に気づき、はっとライナーの体を抱きしめた。
「――息をしていない」
 入口付近で呆然と突っ立っていたセクサロイド専門医が、その言葉に弾かれたように飛び出した。
「いかん! 早く診療台へ!」
 横たえられたライナーに人工呼吸を施し、脈を探って悲痛な声を上げる。
「心拍も弱まってる! おい、あんた! 手伝ってくれ!」
 呼ばれて、我に返った船医が駆け寄った。
 ミハイルは、二人の医師が手を尽くす様子をなすすべもなく見守っていたが、気配に気づいて静かに


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