第5章/いくつもの未来 − 【04】



     * * *


 ライナーとの面会は、まるで鏡に映った虚像のように、前回とまったく逆の、しかし酷似した光景で始まった。
 ライナーは驚いたように目を見開き、ふっと表情を曇らせて、かすれた声で言った。
「ミハイル――」
 一段落したと思われていた官能細胞の暴走がふたたび始まり、ようやく安定したときには、従来のライナー・フォルツ自身の記憶が蘇っていたのだと説明された。代わりにこんどは、ミハイル‐Hの記憶が失われている。
 だからこれは、ミハイル・グローモワとライナーにとって、事実上初めての再会だった。
「どうして、あんたがここに……」
 ライナーは、どうしていいかわからないというように顔を歪ませた。
「君を追ってきた」
 こんどこそミハイルは正直に答えることができた。
「君に会って、できれば私たちの関係を修復したいと思って」
 寝台に腰かけたまま、ライナーは長いこと口を開かなかった。
 病み上がりのせいか、前に会ったときよりいくぶんやつれたように見える。だが、戸惑いを浮かべた頼りない表情は、間違いなくライナー・フォルツのもので、そう認識すると、ミハイルの心は徐々に喜びに満たされていった。
「俺は、組織の駒としてしか生きられない」
 ややあって、ライナーは静かに言った。
「あんたと同じ世界に住むことはできない。だから戻ってきたのに」
「私は君に会いたかった。そして私は、そうしようと思えば、君と同じ世界に住むことができる」
 ミハイルはそれだけ言うと、口をつぐんでライナーの反応を待った。
 ライナーは視線を落とし、両手で顔を覆った。ミハイルは一瞬、彼が泣いているのかと思ったが、そうではなかった。ライナーは指の間から、ぎらつく目でミハイルを睨んだ。
「忌々しいやつ」
 低い声で吐き捨てる。
「あんたはどうして、こういつもいつも俺を掻き乱すんだ。あんたの暗殺指令をもらったのがケチのつきはじめだった。あれ以来、俺のペースは狂わされっぱなしだ。あんたがいると、まともに物も考えられない」
 恨み言は、だが異なる感情の裏返しだった。
「俺もあんたに会いたかったさ。会いたくてしかたがなかった。だけど、どうしてだ? 主人でもないあんたのことが、どうしてこんなに気になるんだ?」
「それはおまえが、M・M・Oとしては不完全な精神構造をしているからだ」
 突然第三者の声が響き、二人は驚いて振り返った。
 閉ざされていたドアが開き、一人の壮年の男が入ってくるところだった。
「少佐!」
 相手を認めて、ライナーが声を上げた。
「はじめまして、ミハイル・グローモワ博士」
 男は、深いしわの刻まれた厳しい顔をミハイルに向けた。
「ライナーの養父であり、直属の上官でもある、ヘルムート・フォルツだ。私はまた、M・M・Oとしての彼の主人でもある……主人といっても、かたちばかりのものだが」
「――はじめまして、フォルツ少佐」
 ミハイルは用心深く挨拶を返した。
 この人物の来訪の意図がわからない。それに、かたちばかりの主人とは、ずいぶん意味深長な言葉だ。
「グローモワ博士。ライナーのことでいろいろご迷惑をかけたようだが、許していただきたい。そして、彼の面倒を見ていただいてありがとう。ひとこと礼を言っておきたかった」
 ミハイルはいささか面食らい、何か言おうと口を開きかけたが、その前にヘルムートが言葉を続けた。
「ライナーは人間ではないが、私の大事な息子であることに変わりはない。親として、君の存在に感謝している。君は彼に新しい可能性を与えてくれた」
 ヘルムートの言葉は、ライナー


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