第5章/いくつもの未来 − 【05】

 ライナーが記憶を取り戻したことによって、最後の歯車がきちんとかみあい、すべてが順調に回りはじめたようにみえた。
「我々は、強化人間による独裁政治をめざしているわけではありません。今はただ、我々が安全に生き延びるためにこのような方法をとっているだけ。やがては、我々も同じ人間であり、無害であるばかりか有益な同盟者であることが理解され、我々と一般の人類が共存できる時代がやってくるのです」
 カート・ボイドの語る未来は明るい。
 研究も順調で、ミハイルは早くも、強化人間たちの致死要因になっている遺伝子のうち、いくつかを不活性化する方法を、理論レベルで確立しつつあった。
 ライナーはあいかわらず検査三昧の日々を送っていたが、以前よりも自由な時間が増え、ショウ・リーとともににちょくちょくミハイルの部屋を訪れるようになっていた。
「官能細胞が神経系を乗っ取ってしまったという話だけど、俺自身の感覚は、以前とまったく変わっていない。いや、前より調子がいいくらいかな?」
「あたしに言わせれば、あんたはずいぶん変わったよ。前のおどおどしたところが、今じゃ全然感じられない」
 ショウが不服そうに、だが内心の喜びを隠しきれずに口を挟む。
「前に言っていた、違和感や幻覚のようなものは、もうないのか?」
 ミハイルの質問に、ライナーは明るい笑顔を向けて答える。
「全然。だから本当に、前より調子がいいんだ」
 ライナーとミハイルの間にあったわだかまりは解け、二人はまた一から友情を育もうとしていた。友情と――そしてそれ以上の何か。ミハイルは貴重な天然の亀を手に入れ、飼育用具一式とともにライナーに贈った。
 二人の間柄が日を追って親密になっていくことについて、ウォンは何も言わなかった。あいかわらず黙って付き従うウォンに、ミハイルのほうが気を遣って確認した。
「私は、その……君のことをおろそかにしているかもしれない」
「そんなことはない」
 ウォンの答えには迷いがなかった。
「あなたが私を見捨てないかぎり、私が苦痛を感じることはない。一人の主人は何人でもM・M・Oを所有することができる。それがふつうだ。私が嫉妬心や疎外感を抱くようなことはない」
 その言葉どおり、本当にウォンは何も気にしていないようだった。むしろ彼自身、ライナーの訪問を心待ちにしているふしがある。ライナーといるとき、ミハイルはいつもより機嫌がいい。ウォンにとって、主人であるミハイルの幸福度が、そのまま自分の幸福度なのだ。
 何もかもうまくいっている。
 ミハイルは満足し、疑うことを忘れていた。



2014/02/23update

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