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かすかな違和感。そして閉塞感。意識の底の警報に呼び起こされ、ミハイル・グローモワは突然目を覚ました。
同時に、自分がすでに手も足も出せない状態にあることを知った。
ぴくりとも体が動かない。声も出せない。寝台の上で仰向けになったまま、かろうじて自由になるのは目だけだ。
照明はついていないが、自分の部屋だということはわかった。
傍らに誰かがいる。
だが、視界からわずかにはずれているため、輪郭もつかめない。
「他愛ないものだ」
聞き慣れた声が言った。
ライナー――いや、ミハイル‐Hだ。
「訓練を受けていなければ、High-poweredタイプもたいしたことはないというわけか」
視界にライナーの顔が現れ、至近距離で囁かれた。
「大声を出さないと約束すれば、口だけはきけるようにしてやる。了解なら、まばたきを一度しろ」
ミハイルはゆっくりまばたきをした。
首筋にちくりと痛みが走り、ふいに喉の筋肉が楽になった。
「鍼麻酔の応用だ」
ミハイル‐Hは、糸のような長い針を見せ、念を押して言った。
「これで急所を刺すこともできる。忘れるな。……今、この部屋および周辺の監視装置には、一時的にダミーの情報を流している。私のボディの発信機能は無効になっている。ウォンは、ショウに呼び出されてしばらく戻ってこない」
「……生きていたのか」
こんな状況でありながらミハイルは、ミハイル‐Hの意識が消えていなかったことを知って、何となくほっとしていた。
「危ないところだったがね」
ミハイル‐Hは、針を構えたまま、用心深く寝台の端に腰を下ろした。
「デイル・ホークスの趣味か実験か、拷問と称して六人がかりで強姦されたよ。官能細胞の体感は私の想像を絶していた。途中でライナーが目覚めなかったら、間違いなく狂うか消えるかしていただろう」
「デイルはM・M・Oを憎んでいるんだ」
ミハイルは言い、急に不安になって尋ねた。
「ライナーは?」
「心配ない、今は後ろに下がっているだけだ。もっとも、この私もライナー・フォルツであることに違いはないのだが。私の人格と記憶の上に、ライナーとしての人生が重ねられている。本来それは連続しているものだが、認識に差がありすぎて、今はまだうまく統制がとれない」
「今までずっと、ライナーの意識の陰に隠れていたのか。まったく気がつかなかった」
「苦労したとも。気づかれたら、永久にチャンスを失ってしまうからな」
「チャンス?」
「計画を実行するチャンスだ」
ミハイル‐Hは声を落とした。
「私は、強化人間の歴史に終止符を打つつもりだ」
すぐには意味が理解できなかった。ミハイルはしばらくその言葉を吟味し、結局呑みこむことができずに質問した。
「なぜ。何のために?」
「さて――陳腐な言い方をすれば、復讐のため、というところか。彼らは、私という過去の亡霊を呼び覚ました代償を払うのだ」
「復讐?」
「そう、復讐だよ」
ミハイル‐Hは陰鬱な笑みを浮かべた。視線がそれ、その双眸が、今ここには存在しない光景を追って揺れはじめる。
「きっかけは、強化人間の一部隊による反乱だったと聞く」
彼は低い声で語りはじめた。
「当時、強化人間は使い捨ての道具にすぎず、武器も食料もろくに与えられないまま、次々戦闘に駆り出されていた。反乱はいわば人権運動の一つだった。反乱部隊は、人間側に甚大な損害を与えたのち、鎮圧された。人間はそこで初めて、自分たちがいかに危険な爆弾を抱えているかということに気づいた。強化人間に対する排斥運動が始まり、やがて