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事実と小説

先日、友人が「北九州連続監禁殺害事件って知ってる?」と私に聞いた。
それに関する文庫本を読んだらしい。
私はてっきり豊田正義さんの「消された一家」だと思った。
事件で殺された小さな女の子の最後の様子がかわいそうで忘れられない。

私はその本を「自分の家族の中に殺人鬼松永に入り込まれたら、逃げられるだろうか」と考えるために手に取った。

私は逃げられると思う。
もともと口先だけの人間は嫌いだ。
長女体質なので、自分の弱い部分に対して優しい言葉をかけられたらゾッとして思いっきり反発するだろう。
プライドも低いほうだ。
弱い部分を探せるものなら探してみろ。
でも、家族の一人が洗脳されてしまった場合、どうしたらいいのかな。
家族全滅でも一人を捨ててはいけないのか。
一人見捨てても複数の家族を助けるべきか。
……悩む長女体質の私。

友人は「被害者も世間体を気にしすぎるから、逃げられなかったんだよ」言った。
おや?そんな被害者いたかな?
よく聞いてみると、事件をモデルにした小説を買ったらしい。
小説を読んで事件の被害者のことを語るのはいかがであろうか。

すぐ、その小説を買って読んだが「消された一家」よりも非常に劣っていると思った。

事件をモデルにしているのに誰が悪いのかわからないような結末にしていて不愉快だった。
悪いのは殺人鬼松永だけである。
しかし本の紹介で「圧倒的な描写力で描く事件は小説でしか説明する術をもたない」と、帯に「小説でしか描けない"現実"がここにある」と書いてあった。
実際に起きたことをほとんどストーリーにしているのに小説として少し変えてありそれを真実と誤解させるような売り方はひどい。
被害者は巻き込まれただけなのに、小説でもいろいろ誤解されるとは気の毒すぎる。

その小説家は嫌いではなかったが、大嫌いになった。
同居人が買って私に譲った本が数冊あって読もうと思っていたが、腹が立ちすぎて捨てた。
もう二度と買わない。
買わせない。

その小説を読んだ人は「消された一家」も読んでほしいと思う。

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