記事一覧

「殉愛」と「絶歌」

元少年Aが手記を出した。
やはり批判する人が多い。

神戸連続殺傷事件「元少年A」はなぜ手記を出したのか? 太田出版・編集担当者に聞く
弁護士ドットコムNEWS

http://www.bengo4.com/other/1146/1307/n_3240/

>??ところで、手記のエピソードは、どこまで本当なのでしょうか。彼がどこまで真実を語っているのかについては、どう感じられましたか。記憶が間違っているとか、あえて都合の良いように書いているということはないでしょうか。

>「記憶が間違っていることはおそらくないと思います。なぜなら、あそこまで細かく描写できるのは、場面が脳にシーンとして刻まれているからだと思います。手記は、記憶の再現だと思います。本当に記憶力が良く、特に視覚における記憶力が並外れていますね。

>たとえば、先ほど私が『削ってもらった』と言った場面の一つが、最初の取り調べのシーンで、最初の原稿ではとにかく人物がめちゃくちゃ克明に描かれていました。これは本人が特定できるなというぐらいの描写なんですよ。部屋の様子なども含めて、鮮明に覚えているのだと思います。そこで交わされた会話も含めて、異常な記憶力だと感じました」


……おや?似たような事が書かれていたよ。
ノンフィクションの「殉愛」(幻冬舎・百田尚樹著)という本で。
読むつもりはなかったけど……読んでしまった。


>家鋪さくらの記憶は異常ともいえるほどで、日をずらして質問しても、何度質問しても記憶がぶれることは一度もなかった。それは細部にわたりそのときの人々の服装や立ち位置まで記憶していた。特にたかじんの言葉や行動に関しては、まるで今そこで見ていたかのように素振りや言葉遺いのニュアンスまで再現した。

「殉愛」を読んだが、さくらさんの記憶力が正しいとすれば、不可解な内容が多かった。

たとえば、「殉愛」178ページに、たかじんさんはお腹に穴を開けて小腸に90センチのチューブを入れていたのだが、それをさくらさんが予告せずに抜いて「はい、抜けたよ」とチューブを見せてびっくりさせ、その後、抜糸もしたと書いてあった。
本人の了解を得ずに抜くのは絶対にいけない。
病人には非常にストレスになるよ。
それに、さくらさんは医者ではないので抜糸をしてはいけないはずである。

「殉愛」49ページには、たかじんさんのことを「実際に、親との縁はその日を境に切れてしまった。十九歳のときだった。」と書いてあったが、……違う。
私はたかじんさんが昔出したエッセイ集を三冊持っているが、彼が事務所を持ったときお金に困って父親に「会いたい」と電話すると、何も言ってないのに封筒に三百万円入れて持ってきてくれた思い出が書かれてあった。
とても優しい父親だね。
縁は切れてないよ。

たかじんさんの長女が「殉愛」のなかで名誉を傷つけられたとして、発行元の幻冬舎に出版差し止めなどの裁判を起こしている。

興味がある方はこちらをどうぞ。

2ちゃんねる既婚女性掲示板たかじん嫁さくらスレまとめ
http://takoutsubo.wiki.fc2.com/wiki/FAQ


「絶歌」と「殉愛」。
同じ人が考えたのかなと思うぐらいネーミングのセンスが、すごく似てる。

週刊文春の広告で見たのだが、「絶歌」は最初は「殉愛」と同じ幻冬舎から出版されるはずだったらしい。


『絶歌』を批判する人に決定的に欠けている視点として、長谷川豊氏が書いていた。

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/44447913.html

>情報があれば、人間は対処できる。全部とは言わないが、対処できる可能性が広がることは確かだ。元少年Aはまぎれもなく異常状態だった。完全な病気だった。普通の家庭に、異常な少年が生まれただけだ。何度も私のブログで書いていることだが、1億2700万人も人間がいたら『不良品』は存在する。これは事実だ。

私は、『「少年A」この子を生んで……』を以前読んだが、普通の家庭だとは思わなかった。
本の内容には驚くことが多かったが、元少年Aの親達は、自分達は普通だと思っているようだった。
家に誰も使っていない家庭用の斧が出てきて、元少年Aが「友達から預かった」と言い、友達に確認したら「違う」と言われたので、自治会に寄付していた。
……普通の家庭はそうしないと思う。


『「少年A」この子を生んで……』の内容を信じるとすれば、元少年Aは、注意欠陥・多動性障害と診断されたことがあるらしい。

インターネットで検索すれば見つかることだが、注意欠陥・多動性障害は画像診断で脳に血流が悪い部分があるのが分かるらしい。
脳の器質で忘れやすかったり、衝動的だったりするが、個人差があるようだ。
学習障害など他の障害と連続していることもあるらしい。

注意欠陥・多動性障害だと乱暴な性格だというわけでは、決してない。
脳に入ってくる情報がアンバランスだと、普通の子供の育て方では社会性が身につかなくて苦労する時は、ソーシャルトレーニングが必要らしい。
そのトレーニングが苦手な親もあるので、上手な人に任せたほうがいい場合もある。

記憶力が良いと言われている元少年Aも忘れものが多かったということから、全てにおいて記憶力が良いとは言えないのではないか。


土師守氏の「淳」も読んだ。
『「少年A」この子を生んで……』とは違うことが書かれてあった。
同じことに対して立場が違う人の話を聞くことが大切だと思ったし、本名で書かれた本のほうが信用性が高いとも思った。

「絶歌」を読んだ人の感想をいくつか見たが、否定的な意見が多かった。
どんな内容であろうとも、匿名での出版なので本人が書いたということが分からないので、私は読まない。
本人が書いたものであると証明されたら、読んでその内容に怒るかもしれない。


連続殺傷事件の手記『絶歌』批判で、怒りのポイントが人によって異なる理由 ハーバービジネスオンライン

http://hbol.jp/46025

>ネットにおいても批難の声が上がっているが、批難の矛先は一つではない。

>ただ、こうした価値観が異なる人が、一定のルールを守る中で社会は秩序が保たれている……と私は考えるのだ。それ故、社会において「倫理観」というルールを犯すような『絶歌』の出版を私がどうにも許せないと思ってしまうわけである。皆さんはいかがだろうか?

なるほど。
すっきりとした表現だ。
「価値観が違う人間が複数存在する社会」の「倫理観」は1つということかな。


>「絶歌」は遺族感情を踏みにじる危険な書籍だ 東洋経済 

http://toyokeizai.net/articles/-/74161?page=2

>その彼が「なぜ人を殺してはいけないのか?」と問われ、大人になった今の自分が答えるとしたら、以下のように答えています。

>「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから、としか言えない」

他人の感想から、本の内容が少しわかった。

本人が書いたと信じるなら、「自分は人を殺してもいい」と思っていたけど、いろいろ教えられて「人を殺してはいけない」と分かったということかな。
でも、まだ理由は説明できないと。

私が今の元少年Aに「なぜ人を殺してはいけないのか?」と問われたら、説明できるだろうか。

人間としての存在とか宗教とか哲学とか、個人によって価値感が違うことを長々と語っても分かりにくいのかもしれない。
「なぜ人は殺してはいけないのか」という問いに対しては、「社会の秩序を守るルールだから」はどうかな。

コメント一覧