BL◆父の肖像
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「三十五歳か……じゃあ、僕と同学年になるのかな……ずいぶん若いお父さんだ……」
「そう。お母さんは亡くなって……それじゃ、二人だけでさびしいだろうね」
 運転しながら市村があれこれと話しかけてくるので、しかたなく拓見は多くを語ってしまっていた。父のこと、母のこと、それから自分の生い立ちについて。
 無神経なほどプライバシーに立ちいってくる市村に、拓見は少し不快なものを感じ、つぎには妙な寒気を覚えた。
 母の目がこちらをうかがう、母の口がしゃべる、母の顔が微笑む……。
「……先生」
 やっとのことで拓見は声を出した。
「つぎの角……左へ曲がって、二軒目」
 拓見が車から降りるより早く、玄関のドアが開いて昭義が姿を現した。
「拓見?」
 説明を求める呼びかけに、拓見は簡潔に答える。
「気分が悪くて……先生が送ってくれた」
「それは……わざわざどうも」
 運転席から降りた市村を見て、昭義の顔がわずかに険しくなったのは、拓見の気のせいか。
「市村先生ですね? お話は息子からうかがっております。……よろしければ、中でお茶でも」
 形式的な挨拶をする昭義の声からは、なんの感情も読みとることはできなかった。
「いえ。いまは仕事中ですので」
 市村も慇懃に答える。
 二人の男の間で、突然空気が張りつめたような気がして、拓見は得体のしれない不安に胸をつかまれた。
「どうした。風邪か?」
 市村の車が去り、父に声をかけられて初めて、拓見は自分がひどく緊張していたことに気づいた。
 ほっとすると同時に、頭がくらくらした。
 拓見は自力で玄関までたどりつき、そこから進めなくなった。
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まろやか連載小説 1.41