BL◆父の肖像
TOPINDEX BACK NEXT

− 02 −
 学校は空虚だった。
 教壇に立つ教師たちの言葉も、生徒たちの笑顔も、何もかもが作り物めいて空々しい。
 きのうのことを心配して声をかけてきた久美子に、拓見はつい、きつい言葉をぶつけてしまった。
「うるさいな。村野には関係ないだろ」
 久美子は驚いたように目を見開き、つぎにはその目を涙で潤ませた。雅俊が抗議の声を上げるより先に、拓見は席を立って教室を出た。
 廊下で市村とすれちがったが、拓見は彼の存在など視界にも入らないといった態度で完全に無視した。市村も何も言わなかった。
 昨夜のうちにもやもやと固まった結論は、拓見がこれまで信じてきたことを百八十度ひっくりかえすようなものだった。
 父は母を愛していたのだと思っていた。それゆえに、妻を喪った悲しみに耐えきれず、息子に彼女の面影を求めたのだと。だからこそ拓見は彼を受けいれ、彼に、ふつう父親にいだく以上の愛情をいだいてきたのだ。
 だが、かつて父が市村とただならぬ関係にあったとすれば、すべてはまったく違った意味を持ってくる。市村が母に似ているのではない、母が市村に似ていたのだ。なんらかの事情で市村と別れた父は、彼のことが忘れられず、彼によく似た女性を結婚相手に選んだのではないか。
 なんとなくよそよそしかった、父と母の間柄を思い出す。
 あの懐かしい日々は、穏やかな家族の風景などではなかった。父も母も、互いのことを愛してなどいなかった。いや、母は父のことを愛していたかもしれないが、父の本心に気づき、しだいに気持ちが離れていったのだろう。母が拓見にばかり目を向けていたのも、それでうなずける。
 そして父は、拓見を穢した。妻に似ているからではなく、市村に似ているから。拓見が男だったことも大きく影響しているにちがいない。そう思うと、総毛立つような嫌悪感に襲われた。
 裏切られたような気持ちだった。父だけでなく、この世の何もかもが信じられなかった。いまこの目に映っているのは、すべて本物ではない、だれかが作った巧妙な舞台なのだと思った。
 ――何も知らなかった――
 チャイムの音が、うつろにつぎの授業の開始を告げた。
 いつのまにか廊下に立ちつくしていた拓見は、夢から覚めたようにはっと顔を上げ、教室に戻るために向きを変えた。
 それから一日、拓見はだれとも口をきかずに過ごした。雅俊が何か言ってきても、聞こえないふりをした。
TOPINDEX≫[ 読んだよ!(足跡) ]
まろやか連載小説 1.41