BL◆父の肖像
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 夏休みに入ったとたん、街に子供たちの姿が溢れ出した。
 家族連れや、小さな子供たち同士のグループが増えるにともない、街はこれまでと違った、何やら健康的な空気で満たされる。それを嫌ってか、イッコたちの足は街から遠のき、須藤のところを訪れる回数も減った。
 拓見と敏だけが、変わらずぼろアパートに通いつめていた。
 冷房もない暑い部屋で、何をするでもない。漫画雑誌をめくったり、昼寝をしたりする合間に、申し訳程度に宿題をするといった感じで、日がな一日ごろごろしている。
「おまえ、家出でもしてるのかよ」
 数か月のつきあいのなかで、敏が拓見に対してした質問といえば、これだけだった。
「うん。まあ、そんな感じ」
 拓見は曖昧に答え、敏はそれ以上きいてこなかった。
 そういうところも、拓見が敏を気に入った理由の一つだった。敏はいつでも何も言わない。ただそこにいて、どんなことも受けいれてくれるのだ。
 須藤と敏を見ていると、拓見は、自分がどうして父との関係を後ろめたく思い、市村と父に嫌悪をいだいていたのかわからなくなる。敏はあたりまえのように須藤と抱きあい、あたりまえのように拓見を誘った。ただ、須藤と敏が恋人同士なのか、それとも単なる友人同士なのかは、拓見にもいまだに判別がつかなかった。
 拓見がいるときに、一度だけ波乱があった。いつものように拓見が入っていくと、部屋の真ん中で二人がもつれあっているのが見えた。といっても、情事に没頭しているような甘い雰囲気ではない。下になっているのが須藤で、その上に馬乗りになっている敏の両手は、須藤の首にかけられていた。
 二人は拓見の存在など眼中にない様子だった。
「やれよ」
 須藤が低い声で脅すように言った。
「やってみろよ」
 敏の腕に力が入るのがわかった。そんなときでも彼の顔は静かだった。やがて彼は力を抜き、口元に笑みをにじませて言った。
「ずるいよ……できないこと、わかってるくせに」
 それから彼は、同じ笑顔を拓見に向けて言った。
「よう」
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まろやか連載小説 1.41