BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第1章/人に造られし者
− 07 −
 決断しきれないでいる間に、また小さな事故が二度起こった。
 一度はほとんど被害がなかったが、一度は実験室の亀が三匹死んだ。
 ライナーはずるずると決行を先延ばしにした。
『事情が変わった』
 GODが無慈悲な宣告をしてきた。
『ミハイルの出自に気づき、彼の利用をもくろむ組織の存在が確認された。一刻の猶予もない。ただちに計画を実行せよ』
 ライナーは黙って準備にとりかかった。
 相手は常人の五倍以上の運動能力を持つという超人だ。接近戦ではかなわない。離れたところから一発でしとめるしかあるまい。
 構内の店で必要な物をそろえると、ライナーは一晩かけて手製の吹き矢銃をこしらえた。火気を使わず、圧縮空気の力だけで矢を飛ばすしくみだ。矢には猛毒を塗っておく。これなら音を立てることなく、かすっただけで致命傷を与えられるはずだ。
 昼間何食わぬ顔で講義を受けたライナーは、夜陰に紛れて寄宿舎を抜け出し、実験棟の玄関付近に立つ広葉樹の上に身を隠した。
 ミハイルは毎晩夜半すぎまで一人で実験室にこもっている。帰りがけを狙うつもりだった。その頃になれば誰もこのへんを通らない。朝まで事が発覚する心配もない。
 どのぐらいそうして息を殺していたか、実験棟の窓の明かりが一つ消え、二つ消え、とうとう最後の一つになった。やがてそれも消えると、待つほどもなく建物の中から人影が姿を現した。街灯に照らされてその顔が白く浮かび上がる。
 ミハイル・グローモワだ。
 ライナーは即席の銃を構え、照準を合わせた。
 いったん出てきたミハイルが、施錠のために向きを変え、一時的に足をとめる。
 そのチャンスを逃さず、ライナーは背中の中心めがけて引き金を引いた。
 次の瞬間、ミハイルの姿は玄関の前から消えていた。
 目を疑う暇もなく、いきなり後頭部に衝撃を受けて転げ落ちる。
 地上に着いたか着かないかのうちに両腕をひねり上げられ、そのまま地面に押さえつけられた。
「君か」
 ミハイルは挨拶をするのと何ら変わらない調子で言った。ライナーは息も絶え絶えだというのに、彼のほうは髪の毛一筋乱れていない。
「話をするか、それとも死にたいか?」
「殺してくれ」
 ライナーは迷わず答えた。
 すると拘束されていた腕が自由になり、圧倒的な力で引き起こされた。
「殺し屋か。プロの。しかも頭もいい」
 ミハイルは落ちていた原始的な銃を拾い上げ、楽しいおもちゃでも見るようにしげしげと眺めたあと、持った手に力をこめた。
 銃が嫌な音を立ててひしゃげた。
 金属と樹脂の塊に成り果てたそれを投げ捨てると、ミハイルはライナーに顔を寄せ、耳元で囁くように言った。
「二度は言わない。命を粗末にするな」
 ミハイルが背を向けると、ライナーはくたくたとその場にへたりこんだ。
 何も考えられなかった。
 まるですべての感覚が麻痺してしまったようで、自分が何をしているのかもわからなかった。
 そのため気づくのが遅くなった。
 異様な気配に顔を上げると、立ち去ろうとしていたミハイルが足をとめていた。ミハイルの前方に、数人の人影が見えた。
「ミハイル・グローモワ?」
 影が言った。
 その右手が動こうとした瞬間、それより早くライナーは動いていた。
 ミハイルと影との間に踊り出る。左脇腹に衝撃。続いて左肩。
「ライナー!」
 ミハイルが叫び、ライナーを撃った男が倒れた。超人的な素早さであと二人倒すと、ミハイルはライナーを担ぎ上げて跳躍した。レーザーが木の幹を抉るより先に、つかまっていた木から次の木へ移り、枝の反動を利用してさらに遠くへ跳んだ。
 樹上を駆け、追っ手をまいて地上に降り、しばらく軽やかに走ったあと徐々に速度を緩めていく。
 立ちどまったときには、小ぢんまりした白い屋敷の前だった。
 ミハイルはライナーを抱えたままその中に入った。
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