BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第2章/星を渡る船
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 荷物に手をかけたところで動きをとめていたライナーは、一瞬後、我に返って両手に力をこめ、反動を利用して肩に担ぎあげた。
 どうかしている。
 体調が戻って以来、しばしば現れる症状だった。
 突然力の加減がわからなくなる。物を動かすのにどれほどの力を出せばいいのか測りかね――というより、力を出さなくてもいいような気がして、実際には力が足りずに立ち往生してしまう。
 走ったり跳んだりするときもそうだ。走っているつもりで足が動いていなかったり、跳びこえるつもりだった障害物の前で立ちつくしていたりする。
 官能細胞への過剰刺激によって引き起こされた失調からは、ほぼ完全に回復したはずだった。さまざまな反応テストの結果はいずれも正常値を示している。肉体的な健康状態は良好で、精神的な後遺症もほとんどないと診断された。
 だがライナー自身は、今でも自分の肉体にかすかな違和感を覚えている。正気に戻って最初に感じたあの感覚――自分の体ではないという認識が、何かの折りにふとよみがえるのだ。
 官能細胞の影響とは考えにくかった。全身に植え付けられた細胞は、刺激に反応して麻薬のような恍惚感をもたらすが、感覚の鈍化や喪失を伴うことはない。むしろ五感が研ぎすまされ、自己の肉体を明瞭に実感することができる。
 違和感の正体は、もっと奥深いところにあるようだった。
「ライナー」
 肩から荷物を取りあげられて、ライナーは自分がまた放心していたことに気づいた。ミハイルの不機嫌な目がのぞきこんでいる。
「調子が悪いんじゃないのか」
 詰問するようなミハイルに、ライナーは二、三度首を振って笑いかけた。
「いや……まだ慣れないだけだ。いろいろとね」
 たしかに慣れないことばかりだった。組織から完全に切り離された初めての生活。初めての仕事。自分がなぜここにいるのか、どうするべきかわからないままに、ずるずると時間だけが過ぎていく。
 体の中心にうつろな穴が開いていた。
 何も考えたくなかった。
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まろやか連載小説 1.41