BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第2章/星を渡る船
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 次の寄港地では、珍しく数日にわたって滞在することになった。たまにはゆっくり羽を伸ばしたいだろうという船長の配慮からだった。
 乗組員たちはみな上機嫌で、船の整備も鼻歌混じりで済ませると、気の合う者同士声をかけあって下船の準備を始めた。
 ライナーにはいつものようにあちこちから誘いの声がかけられた。そのすべてに笑って答えながら、ライナーは誰かを探すようにきょろきょろとあたりを見回していた。その視線がミハイルのそれと重なりあう。
 だが、声をかけようとミハイルが足を踏み出したとき、誰かの手が彼の腕をつかんで引き戻した。
「ミハイル」
 船長のタイチャルとセクサロイド医のヨシムネが並んで立っていた。
「誰も年寄りのことなどかまってくれなくてな。一緒に行ってくれんか」
 タイチャルが言うと、ヨシムネも反対側に回ってきて言い添える。
「ライナーのことは連中に任せておけばいいだろう。今日はまあ、私らにつきあってくれ」
 両脇を老人たちにおさえられながら、未練がましくライナーの姿を目で追うミハイルに、ヨシムネはさらに駄目押しの一言を重ねた。
「それに、船長にボディガードの一人もつけんことにはなあ」
 結局ミハイルは老人たちと行動を共にすることにした。
 行ったのは、貿易港に寄り添うように広がった歓楽街の一角だった。外来者の懐をあてにして賑わう大通りは、つかのまの楽しみを求めて歩く旅人たちと、それを狙う客引きや街娼たちであふれている。
 街全体が巨大な屋根ですっぽり覆われ、昼か夜かもわからない。統一感のないけばけばしい明かり、蜂の羽音のようなざわめき、皮膚を圧迫する熱気……。
 こういう場所に縁のなかったミハイルには、どれもが新鮮で、またどれもがなじめなかった。
 前に来たことがあるのか、それともこういうところはみな同じような構造になっているのか、タイチャルは迷うことなく足を進めていく。かつての負傷のなごりでひきずる足も、ほとんど進行の妨げになっていない。
 と、タイチャルは途中で角を曲がって狭い路地に入った。両側に並ぶ店の看板をひととおり物色してから、一軒を選んで地下へ下りる階段に足をかける。
 ドアが開くと、外とはまた違う音と熱気の洪水がミハイルを襲った。
 赤く薄暗い妖しげな照明。狭いフロアには無秩序にテーブルが並べられ、中央に丸い小さな舞台があった。舞台の上では、七色に変わる脚光に照らされて、二人の女が裸で絡みあいながら踊っている。
「何か飲むかね?」
 壁際の席をとってタイチャルが聞いた。よくわからないので任せると、得体のしれないどろっとした液体が運ばれてくる。
「船乗り御用達のドラッグ・カクテルだ。大丈夫、副作用はない」
 言われて恐る恐る口をつけると、濃厚な香りが口の中に広がり、軽い浮遊感を覚えた。老人たちはあっというまに飲み干し、早くも追加の注文にかかっていた。
「何かお召し上がりになりますか?」
 涼やかな声で聞かれて顔を上げたミハイルは、だがすぐにメニューに視線を落とした。給仕に来ていたのは若い女だったが、ほとんど全裸に近い扇情的な格好だったのだ。
 落ち着いて見てみると、給仕たちはいずれも似たり寄ったりの服装をしていた。身につけているのは申し訳程度の布切れと飾り玉。それもよけいに裸体を強調する役割しか果たしていない。なかには若い男もいる。
 どうやらそういう目的の店であるらしかった。客たちは通りすぎる給仕に声をかけ、手を伸ばして触り、席にひきずりこんで体を撫でまわしたりしている。それに応える給仕たちは、いやな顔ひとつしていない。
「どれ、こっちにおいで」
 タイチャルがかたわらの給仕を引き寄せた。半裸の娘はなされるままに老人にしなだれかかり、頬を撫でる指に唇を寄せて動物のように舐めはじめた。宝石のような青い目をまっすぐ老人の顔に向け、まばたきもせず無心にその行為を続ける。老人のもう一方の手が背筋を撫でおろすと、体をしならせてうっとりと目を細めた。だがその動きには、振り付けどおりに踊っているような不自然なところがあり、どこか機械仕掛けの人形を思わせた。
「セクサロイドだよ」
 ミハイルの心中を見透かしたようにヨシムネが言った。
「ここはいわゆるセクサロイド・クラブでな。ショーに飲み食い、気に入ったのがあれば上の部屋で一夜を過ごすこともできる」
 改めてじっくり眺めると、視線に気づいたのか娘もミハイルの方を見てにっこり微笑んだ。半分夢を見ているような、魂の抜けたような微笑みだ。
 そのとき突然店内がざわついた。音楽が変わり、舞台の上から踊り子がひっこむと、代わりに別の娘が載せられた。全裸で、首と手首足首に鉄の輪をはめられている。
 娘は両手首を鎖で吊るされ、性器をさらす形で両足を固定された。仮面をつけた男が二人現れ、いかがわしい責め具を掲げて客たちに見せびらかす。客席に卑猥な溜息が広がった。男たちが二人がかりでもてあそびはじめると、娘は自由のきかない手足をよじって哀れな声を上げた。
「セクサロイドというのは、もともとこういう用途のために創られたんだよ。人間相手ではいろいろ支障があるが、こういう嗜好の人間もまた多くてな」
 ドラッグ・カクテルを傾けながら、ヨシムネが淡々と語った。
 娘の乳首に重りが吊るされ、性器と後孔に張型がねじこまれた。悶えるその背中に、長い鞭が音も高く振りおろされる。娘の喉から身を切るような悲鳴がほとばしった。
「かわいそうだと思うだろう?」
 ヨシムネが言った。
「だが当人はそれほどでもないんだ。そういうふうに調整されているからな。彼女はとくにつらいとは感じていないし、この生活にさほど不満も持っていない。本当にいやならとっくに逃げ出しておる。……もっとも、セクサロイドは人間に依存しないと生きていけないようにプログラミングされているから、逃げても別の主人を見つけるか、結局また戻ってくることになるんだが」
 その言葉に言外の意味を感じ取って、ミハイルはヨシムネの顔に視線を向けた。ヨシムネは切り出した。
「ここ数日、ライナーの様子がおかしいことに気づいとったかね?」
 やせたセクサロイド医は、無表情な若者の内側を透視しようとでもするように目をすがめた。
「ほとんど食事をとってない。日がな一日ぼうっとして、暇さえあれば眠っておる。あんたいったい、彼に何をしたんだね? いや―何をしなかったんだね、と聞くべきか」
 ミハイルは答えられなかった。
「ライナーに何を期待しておる? 彼はたしかに特別だ。だがしょせんはセクサロイドなんだよ。人間と同じことを期待したって、彼にとっては酷というもんだ」
 かたわらから娘のくすくす笑う声が聞こえてきた。タイチャルが小柄な体の上にすっかり娘を抱きあげ、その豊かな胸の谷間に顔を押しつけていた。老船長は聞かないふりを決めこんでいるようだった。
「あのオジョーサンどもを追い出して以来、ライナーがずっと情緒不安定だったことも気づいていただろう。誰のせいだと思う――」
 あんたのせいだ、と決めつけられて、さすがのミハイルも動揺を隠せなかった。ヨシムネはさらに追い討ちをかけた。
「あんたが彼を主人たちから引き離したんだ。セクサロイドの彼にとっては、庇護してくれる主人を失うことは何よりも恐ろしいことだったろう。だが彼は残った。どうしてだと思う? あんたのためだ。彼はあんたのことを慕っていた。だからあんたに従った。なのにあんたときたら――」
「――どうしたらいいんだ」
 ミハイルはぽつりとつぶやいた。
「さあな」
 ヨシムネはわざとそっぽを向いて言った。
「取るべき方法は二つに一つだ。彼を元の主人のところに帰してやるか、それともあんたが彼の新しい主人になってやるか……」
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