BL◆MAN-MADE ORGANISM
TOPINDEX BACK NEXT
第2章/星を渡る船
− 02 −
 同じ船の別室で、ミハイル・グローモワは軽い吐き気とともに意識を取り戻した。
 すぐ目の前に、若い女の顔があった。
 黒い髪に黒い瞳。適度に整ってこれといった特徴のない顔には見覚えがある。どこで見たのだったか――。
「気が付きましたか」
 ミハイルの頭が完全に覚醒する前に、女は椅子に腰かけたまま顔を寄せて声をかけた。
「気分はどうです。どこか具合の悪いところは?」
 ない、と言いかけて、ひどく口が乾いていることに気づく。
 それと察した女に水差しで水を与えられると、胃のむかつきも治まり、だいぶましな気分になってきた。
「……ここは?」
「船の中です」
 船という言葉から、気を失う寸前の記憶がよみがえった。
 星外へ旅立つために宇宙港へ行った。すると何者かに妨害され、ライナーの声が逃げろと――。
 そうだ、麻酔銃で撃たれたのだ。手足がまだ思うように動かないのはそのせいだ。だがこの女は……。
「無事で何よりでした」
 女はまた先手を打って言った。
「あなたを襲った一味は始末しました。もう何の心配もありません」
 ミハイルはようやく、彼女がデイル・ホークスという名で、同じ研究室にいた学生の一人だということを思い出した。同時に頭の隅で警戒音が響きはじめる。
「どういうことだ? いったい何が……」
 起き上がろうとするミハイルを制して、デイルは穏やかな口調で言った。
「我々はあなたに危害を加えるつもりはありません。ですが、協力的でなければ少々不愉快な思いをしていただくことになります」
 ミハイルは寝台に体を戻し、興味のなさそうな顔であたりを見回した。
 どうやら乗員用の個室のようだ。寝台のすぐそばには一組のテーブルと椅子があり、二方の壁にドアが一つずつある。一つは出入口、もう一つは浴室だろう。別の壁には窓らしきものがあったが、鎧戸が閉まっていて外は見えない。船の原動機が働いているのか、かすかな振動を肌に感じた。
「君たちは何者だ」
「我々は、ライナー・フォルツと同じ組織の一員です」
「……ライナー」
 ミハイルは舌の上で転がすようにその名をつぶやいた。
「彼は無事なのか」
「ええ。ただし彼は、任務を遂行できなかったために現在非常にまずい立場にあります。ですが――」
 デイルは含みをもたせるように少し間を置いた。
「あなたの態度しだいでは、処分を受けずに済むかもしれません」
「私の態度が、なぜ彼の処遇に関わる」
「とぼける必要はありません。あなたは彼に強い興味を抱いている。あなたは彼が不快な目に遭うのを好まないはずです……つまり、これは取引です」
 ミハイルはしばらく無表情にデイルの顔を見つめていたが、やがて目をそらし、天井に向かって息を吐き出した。
「わかった。どうすればいいんだ」
「我々の指示に従い、許可なくこの部屋から出ないようにしてください。この中にいる限りは自由にしてくれてかまいません」
 デイルが出ていったあと、鍵のかけられたらしいドアを見つめて、ミハイルは一瞬青灰色の瞳に剣呑な光を宿した。
TOPINDEX≫[ 読んだよ!(足跡) ]
まろやか連載小説 1.41