BL◆MAN-MADE ORGANISM
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第3章/運命の手のひら
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 マリオン・カポンは、本人よりもよほどライナーのことを、セクサロイドの体というものを知っていた。
 表皮への刺激は、どんなものであれ、官能細胞の働きによってすべて快感として認識される。
 やさしい言葉をかけながら、マリオンはライナーの肉体に対しては容赦しなかった。縛りあげ、吊るし、鞭をあて、ときには血を流させてうっとりと見入った。
 がんじがらめに縄をかけられるだけで、ライナーの体には火がついた。全身に縄がくいこみ、少しでも身動きすれば皮膚が強くこすられる。その刺激はまるで幾千の指に愛撫されているようで、体を固定された苦しさとあいまって激烈な快感をもたらした。
「どうだね、気持ちいいだろう?」
 そのライナーに自分の楔を打ち込みながら、マリオンがさもいとおしそうに言う。ライナーは答えない。口いっぱいに、男性セクサロイドの性器をくわえこんでいるからだ。ライナー自身の性器もまた、別のセクサロイドの口におさまっている。
 マリオンはライナーに何一つ強要しようとしなかった。丁寧な言葉遣いも、へりくだった立ち居振る舞いも、その他あらゆる媚びへつらいも求めなかった。過激な責めの数々でさえ、ライナーの同意が得られるまではしようとしなかった。
 そう、ライナーは虐げられることを自ら望んだ。セクサロイドを悦ばせることにかけて、マリオンはまったく天才的だった。彼の手にかかれば、官能細胞を植え付けられていないセクサロイドでさえ、随喜の涙を流すのではないかと思われるくらいだった。
 マリオンにいわせれば、ライナーの調整は念入りかつ無駄がなく、ほとんど芸術の域にあるらしかった。どんなセクサロイドよりも人間らしく、それでいてどんなセクサロイドよりも感じやすく、欲望に忠実で、順応性が高い。
 留守の間、マリオンはライナーに貞操帯をつけた。逃げられないようにつないだうえで、他のセクサロイドたちに彼の世話をするよう言いつけて出ていく。セクサロイドたちは、主人の第一の寵愛がライナーにあることは知っていたが、それによって自分たちが疎かにされることもないとわかっていたので、みな彼に好意的だった。
「この葡萄、おいしかったからあなたの分もとっておいてあげた」
 ダフネが果物の粒をライナーの口に入れ、そのついでに指で口腔内を探った。彼の顔に浮かぶ恍惚の表情を好奇心に満ちた目で見つめ、こんどは葡萄を口移しにして舌まで挿し入れる。ダフネは自分も顔の筋肉を弛緩させ、口を離して官能的な吐息を漏らした。
 するとそれを聞きつけて、他のセクサロイドたちも集まってくる。彼らはてんでにライナーに触れ、彼が顕著な反応を示すと、おもしろがって愛撫を本格的なものに変えた。じきにその場は乱交のるつぼと化し、ライナーはもみくちゃにされながら否応なしにその気にさせられた。だが貞操帯のせいで肝心のところに触れられることはなく、前以上の飢えに苛まれる。
 マリオンがいないときは、たいてい同じような展開になった。セクサロイドたちの遊びに巻き込まれたあげく、高ぶったものをどうすることもできず、ひたすらマリオンの帰りを待ちこがれる。
 気がつくと四六時中、ライナーはマリオンのことばかり考えていた。この一部始終を、デイルたちがどこからか観察しているのだと思い出すこともあったが、何の感慨も浮かばなかった。
「明日はおまえを、私の別荘に連れていこうと思う」
 その晩、いつものようにライナーを責め立てながら、マリオンが思い出したように言った。
「そこでは大勢のお客を招いてすてきなパーティーを開いている。おまえをみんなに見せびらかしてやりたいのだよ。だれもがおまえを賞賛し、私をうらやむことだろう。そのときのために、特別な責めも考えてある」
 任務のことより、特別な責めという言葉がライナーの心を動かした。これ以上に気持ちのいいことがまだあるのだろうか。マリオンはいったいどれだけの魔法を隠し持っているのだろう……?
 翌日、ライナーはマリオンに買われて以来はじめて外に連れ出された。きちんと正装させられ、信用されているのか枷も鎖もない。そのことが少し、ライナーの心を痛ませた。好きとはいわないまでも、この太った男に情が移りかけていたからだ。
 別荘の敷地内に入ると、庭木の陰で絡みあっている男女が最初に二人を迎えた。マリオンはその脇を黙って通り過ぎ、ライナーを建物の方へと導いた。近づくにつれて、まばらだった人影がしだいに多くなり、あたりは一面酒池肉林のさまを呈しはじめる。
 人々の身なりは多様性に富んでいた。全裸の者もいれば着衣のままの者もおり、素顔をさらした者から仮面をつけた者、顔から爪先まで極彩色の化粧を施した者まで、各人各様だった。
「ミスター・カポン?」
 甘ったるい声とともにマリオンの腕に華奢な手が絡みつき、目元に仮面をつけた女の顔がぬっと現れた。
「そちらはどなたかしら? はじめて見る顔ね。とても魅力的……」
「遠い親戚の者です、マダム」
 マリオンはまじめな顔をしてライナーのことをそう説明した。
「今日は特別の出し物を用意しております。じきにはじまりますので、よろしければ中へ」
 女を加えて中に入ると、さらに何人かが寄ってきてマリオンに挨拶した。マリオンはそのすべてに、ライナーのことを遠縁の者だといって紹介した。
 次々に現れる扉はすべて、マリオンの歩く速さに合わせ、扉の両脇に立つ係の手によって開かれていく。最後の扉の向こうは広大な広間で、豪華なソファやテーブル、彫刻や観葉植物といった雑多なものに囲まれて、小さな円形の舞台がしつらえられていた。
 その近くのテーブルにつき、マリオンはまたしても同じようにライナーを紹介しながら、しばらくの間なじみの客たちと会話を楽しんだ。ライナーを人間でないと疑う者はだれもいなかった。マリオンは上機嫌でライナーにも話題を振り、ライナーはそのたびにそつなく応じてマリオンを喜ばせた。
「さて、そろそろお楽しみといきましょうか」
 マリオンの合図で、獄吏の扮装をした男が二人、どこからともなく舞台の上に現れた。彼らはマリオンの隣からライナーを奪い去ると、人々が声を上げる間もなく、一枚板の枷でライナーの首と両手首を拘束し、鎖で舞台の床につないでしまった。
 獄吏の一人が腕を振り上げ、音も高くライナーの背に鞭を振り下ろす。
「カポンどの、これは……!」
「まあ黙ってご覧ください」
 鞭のひと振りごとに、真新しい衣服が裂けて飛び散り、赤くなった素肌が衆人の目前にさらされていく。
 ライナーは床に這いつくばった姿勢のまま、拳を握りしめて苦痛に耐えた。官能細胞が全身を覆っているとはいえ、人並みの痛覚もある。だがそれがあるからこそ、あとに訪れる快感は蜜のように甘い。最初の痛みをやりすごすと、食いしばった歯の間から漏れる声は、うめきから嬌声へと流れるように変化していった。
「ふふふ……みなさん、すっかり騙されましたな」
 ライナーがほとんど裸になり、その股間で高ぶっているものがだれの目にも見えるころになると、マリオンはすっかり満悦の体で種明かしをした。
「あれは人間じゃありません、セクサロイドなんですよ。どうです、見ただけではまったくわからないでしょう?」
 驚きの声と羨望の溜息が波紋のように広がった。マリオンはますます目尻を下げ、獄吏たちに次の責めに移るよう指示を与えた。
 ライナーは獣のように四肢を鎖で一つに括られ、天井から吊るされた。後孔にたっぷり香油を流し込まれ、そこに太い鎖を挿入される。鎖の環が一つずつ押し込まれるたび、ライナーは首をのけぞらせて甘く鼻を鳴らした。
 一人が鎖で後孔をなぶる間に、もう一人の獄吏が小箱を取り出し、蓋を開けて観客に中を見せた。ぎっしり詰まっているのは、手のひらほどの長さの、鍼術に使うような細い針だった。その針を一本取り上げ、ライナーの太腿に無造作に突き立てる。吊られた体がぴくりと震えた。
 獄吏は次々に針を取り出しては刺していった。見る見るうちにライナーの体は針で覆われ、銀色の毛皮をまとった獣のような姿になっていく。
 ライナーは声もなく、針の与える甘美な疼痛に酔いしれた。官能細胞の植え付けのときに味わった痛みにも似ているが、快さはまったく違う。決して強すぎることのない、はがゆいまでに繊細な無限の悦楽――。
 いつのまにか放置されていた後孔の鎖が、改めてゆっくり引き抜かれはじめた。環が一つ通り抜けるたびに体が震え、その動きを受けて全身の針が風になびくように揺れる。それによって生まれる漣のような快感が、連鎖的にまたライナーの体を震えさせる。
「ア……ッ……ァアアァァァ……アッ……ゥッ……ッ!」
 獄吏たちの手によって針が寝かしつけられると、波のような刺激のうねりに襲われ、ライナーは声を上げて身悶えした。
 獄吏たちはそのまま針を限界までたわめておいてから、同時に手を離した。勢いのついた針が弾けて飛び、悲鳴とともにライナーの体が跳ね上がった。最後の一本が飛ぶまでそれはくりかえされ、その間ライナーは吊り上げられた魚のように跳ね回った。
「まだまだ、見ものはこれからですよ」
 いったん下ろされたライナーが、手首だけ拘束されてふたたび上げられる間に、円筒形の大きな水槽が運び込まれた。水槽は無色透明で、緩やかにうごめく虹色の液体で満たされている。よく見ると、液体に見えたのは無数の小さな生き物だった。ゼラチン質の細長い体全体に繊毛のような突起があり、それを動かしながら絡みあうように互いの間を泳いでいる。透き通った体が角度を変えて光を反射し、虹色の輝きを生み出しているのだった。
「アスプ産の改良ミミズです」
 マリオンが解説した。
「無味無臭で毒もなく、まったくの無害です。ただしこれは、本能的に土地を耕すようにできてましてな。隙間さえあればどこにでも潜っていこうとする」
 虹色の水の中に落とされた瞬間、ライナーが感じたのは冷たさだけだった。鎖が上げ下げされ、かろうじて顔が出るように長さを調節される。間近に見ると、ミミズたちの体がただ透明なのではなく、内部に臓器らしい薄桃色の筋が通っているのがわかった。
 次の瞬間、水がいっせいに触手となって襲いかかった。皮膚という皮膚を粘膜のようにねっとりと包み込み、同時に微細な刷毛が震えながら全身をまさぐりはじめる。ぞっとするような快感が電撃さながらにライナーを打った。
「……ッ……ッッッ…………ッ! ……ッッ!」
 悲鳴も嬌声も声にならない。
 小さな生き物たちは、一つ一つが独立した個体でありながら、全体がまた一つの大きな生き物のようでもあった。小刻みに震え、大きく身をくねらせ、足指の間まで隙間なく埋め尽くしながら、さらに入り込む場所を求めて這い回る。
 きつく目を閉じたライナーの眉がひときわ寄せられ、歯がかちかちと鳴った。
 臀部の窪みに集まったミミズたちが、ひだに沿ってじわじわと後孔に侵入しはじめたのだ。
 足を振って抗ったが、彼らには何の影響もないようだった。水槽の壁と足の間に挟まれても、弾力性に富んだ体はつぶれることもなく、挟まれたままいっそう激しく動いてライナーを悩ませる。
 水槽の外からは、虹色のミミズたちの体を透かして、もがくライナーの様子がぼんやりと見えた。観客たちは声を出すことも忘れ、陶然とした表情でその幻想的な光景に見入っている。
 後孔に入り込んだミミズは、苦しいのか、狭い直腸の中で激しく暴れた。あまりの刺激にライナーはもはや苦痛と快感の区別もつかない。奥へ奥へと這いのぼってくる異物に生理的な嫌悪さえ覚える。それでも全身の官能細胞は、このすさまじい快楽を狂喜してむさぼった。
 体じゅうの細胞がばらばらになり、分子や原子のレベルにまで解体されていくような幻想にとらわれた。名もなき粒子の群れとなって、宇宙を駆け、時の壁を突き抜けて永遠の虚無へと落下する。
「ア、ッアー――――――――ッ!」
 ライナーは絶叫した。
 性器に絡みついたミミズが、先端を割り開き、尿道の中にまで潜り込もうとしていた。粘液で保護された彼らの体は、どんなところもほとんど抵抗なく通ることができる。ライナーの苦悶になど頓着せず、ミミズたちは先を争うようにして繊細な器官を犯していった。
 暴力的なまでの官能だった。外からも内からも、どんな人の手や道具も及ばない精密さでくまなくなぶられ、ライナーはほとんど宗教的な法悦境に達していた。自我はもとより、感情も何もない、ただ感じるだけの絶対的な快――。
 と、急に光が消え、地獄のような悦楽が唐突に打ち切られた。
 突然の停電に観客たちが戸惑いの声を上げ、席を立ったり身じろぎしたりする物音が響いた。
「みなさん、そのまま動かないで! すぐに調べますから!」
 マリオンが上ずった声を張り上げる。
 水槽から引き上げられ、両手の拘束を解かれたライナーは、肩を抱く仲間の手を握りしめた。手を引かれて自力で立ち上がり、暗闇の中を探りながら舞台から下りる。
 途中でだれかにぶつかった。肉づきとうめき声でマリオンだとわかった。ライナーは彼の手を取ると、かすめるように唇を押し当ててその場を走り去った。
「例の大使は?」
 用意されていた車に飛び乗りながら、ライナーは相棒に首尾を尋ねた。
「ばっちり。確保して、もう先に送った」
 ショウに笑顔を向けようとしたライナーは、そのとたん顔をこわばらせてシートに沈み込んだ。
「ライナー?」
 肉体がライナーの意志に反逆して、すべての活動を停止しようとしていた。
「ライナーッ!」
 ショウの声は聞こえた。だが何も見えず、何か言おうにも唇を動かすことさえできなかった。そのままライナーの意識は闇に呑み込まれた。
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