それからしばらくは、予想どおり、検査に始まり検査に終わる毎日が続いた。
ミハイル‐Hは、それについてはとくに不満も不自由も感じなかった。記憶にある自分のかつての生活も、常に似たり寄ったりだったからだ。部隊では命令に従うことを要求され、捕らえられてからは自由などなかった。流刑星では、ひっきりなしに押しかけてくる科学者たちによって、体じゅう好き勝手にいじりまわされた。
一人の若い科学者を思い出して、ミハイル‐Hはつかのま感傷に浸った。セルゲイ・グローモワという名の純情な若者。彼と別れたのは、自分の中ではほんの一か月前のことだが、現実にはあれから半世紀以上の歳月がたってしまっているのだ。今ごろは彼も老人になっているか、ひょっとするともう生きていないかもしれない。
「ライナー、入るよ」
ノックの音がして回想は中断された。ドアが開き、金髪碧眼の長身の女が入ってくる。ショウ・リーだった。
「今日はこのあとずっと、好きにしていいって。外に出る?」
検査のない時間、ミハイル‐Hは比較的自由に動きまわることを許可されていた。その際の案内役としてショウがあてがわれた。彼女はライナー・フォルツと同期のセクサロイドで、彼の同僚でもあったという。
ショウは彼のことをライナーと呼ぶことにこだわった。
――だってあんたは、ライナーの顔をしてるんだ。それ以外の名前でなんか呼びたくない。
――でも、ライナーの記憶は全然ないんだってね? ごめんよ、あんたには不愉快だろうけど。
彼女は、ライナーの記憶が失われたことをひどく悲しんでいるようだった。だが、彼女のことを少しも覚えていないミハイル‐Hにとっては、気の毒に思ってもしょせんは他人事だった。
「今日は外ではなくて、図書館に行きたい」
「わかった。じゃあこっちだ」
ショウに先導されて、広い施設の中を図書館へと向かう。
じつをいえば、ミハイル‐Hは、一度連れていかれただけでほとんどの道順を覚えてしまっていた。周囲が考えているよりも、ライナーのボディは、ミハイル‐Hの従来の能力をうまく引き出すことができるらしい。だが彼は、あえてそのことを知られないように努めた。
図書館に着くと、彼は端末に向かい、いくつかのキーワードで検索を始めた。真剣な表情でデータを閲覧していると、ショウが不思議そうにきいてきた。
「何を調べてるんだ?」
「たいしたことじゃない。ちょっと、昔のなじみの人物についてね――」
「そうか」
ショウは画面と彼の顔を見比べ、ふと顔を曇らせた。
「一応言っておくけど、あたしたちのボディは発信機になっているんだ」
その一言で、ミハイル‐Hは彼女の言いたいことを理解し、わかったというようにうなずいてみせた。
すばやく頭を巡らせる。では、自分が自由に動きまわれるのはそのためか。どこで何をしようと、すべて筒抜けというわけだ。
だが、案内役としてわざわざショウがつけられたのには、大きな意味がありそうだった。彼自身のボディは、人口神経系が官能細胞群にとってかわられてしまったという話だ。ということは、その他の人工的な部分も、同様に駆逐されてしまった可能性が高い。ひょっとすると、自分に関しては、もうそのシステムは生きていないのではないか。自覚はなくとも、ショウは本当は監視役なのではないか?
自分の発信機能が失われているほうに、賭けてみる価値はある。
「ショウ。暇だろうから、君も好きなものを見ているといい」
さりげなく彼女を遠ざけ、ミハイル‐Hはふたたび端末に向かった。じきに求めていた何人かのデータを引き出すことができた。いずれも高い地位に昇りつめ、いずれも若くして病死していた。詳細は非公開になっていたが、彼にはそれだけで充分だった。
半世紀という歳月は、彼一人を置き去りにしてしまっていた。
なぜこのような中途半端な時期に目覚めてしまったのか。怒りをぶつけるべき相手はすでにこの世になく、すべてを水に流すにはまだ充分な歳月がたったとはいえなかった。
彼は無言で、端末の画面に暗い目を向けた。