反撃には何の前触れもなかった。
気配を察知するより先に体が動き、ミハイルは危ういところで助かった。
一瞬前まで頭があったところの壁に穴があき、髪の毛が燃えるいやな臭いがした。
「伏せろ!」
言いざまライナーが、熱線の来た方向へ向かって銃を放つ。
呻き声が聞こえ、重い物が倒れる物音がした。
間髪をおかず駆けつけたミハイルが、狙撃手を捕らえて口をふさぐ。
ライナーの狙いは正確で、見事に相手の右肩を撃ち抜いていた。完全武装した若い男だ。ライナーはその傷口を一瞥して言った。
「M・M・Oだ」
わずかに色素の薄いM・M・O独特の筋肉組織。
男は目をぎらつかせてもがいたが、ミハイルの拘束はびくともしなかった。
「こいつらが相手なら、今のところはこちらに分がある。だがその一方で、情報は筒抜けというわけだ。これ以上静かに行動しても意味はないな」
ライナーは、無表情に男の残りの手足を撃ち抜き、腹部を殴って気絶させた。
呆気にとられているミハイルに向かって言う。
「こうしておけば、意識が戻っても戦力にはならない。大丈夫だ、すぐに痛覚が遮断されるから苦痛は感じないし、M・M・Oはこのくらいで死にはしない」
この冷酷さは、ライナーのものなのか、ミハイル‐Hのものなのか。ミハイルは初めて、彼が暗殺者であり兵士であることを意識した。
促されて、ふたたび移動を始める。
次の角を曲がる前に、ミハイルははっとしてライナーをひきとめた。
「待ち伏せだ。一、二……八人いる」
ミハイルの超人的な聴覚に、八人分の緊張した息遣いが感知された。かすかな衣擦れの音。装備の触れあう硬質な雑音。
「目をつぶってろ」
ライナーが何か投げるのと同時に、慌ててミハイルは目を閉じた。目蓋を透過してまばゆい光が視界を金色に塗り変え、一瞬後には暗闇に変わった。暗闇だと思ったのは錯覚で、実際には従来の照明の明るさが戻っていたのだが、閃光弾の強烈な光を浴びたために視覚がおかしくなっていた。
ライナーの合図で飛び出し、盲目状態で戦闘不能に陥っている敵を片端から殴り倒す。ミハイルが六人倒す間に、ライナーも二人仕留めていた。ライナーは、全員がM・M・Oであることを確認したうえで、前回と同様の処置をとった。
不快さを隠しきれないでいるミハイルに、いくらか侮蔑のこもった口調で言う。
「いいか、よく聞け。こいつらが意識を取り戻して戦闘に復帰したら、こちらは時間とともに苦戦を強いられる。当然、相手の生死に気を配る余裕なんてなくなる。無駄な血を流すのを避けたかったら、こうするのがいちばんなんだ」
ミハイルは、少なくとも頭では納得した。迷いを吹き飛ばすように首を振り、これまで使わないでいた銃を抜いてライナーのあとに続いた。